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文化祭の終了と同時に校門を飛び出した私たちは、あらかじめ呼び出しておいたうちのお姉ちゃんの車に駆け寄った。
ピンク色の軽自動車のドアを開いて、私が助手席に、三人が後部座席に乗り込む。定員オーバーなのは気にしないことにするしかない。
直ちゃんはいつものようにハキハキと「よろしくおねがいします」と頭を下げ、あとの二人は小さくそれを真似した。
「お姉ちゃん、ありがと! 急ピッチでアヤのおうち、美羽のおうち、直ちゃんのおうちの順で回って下さい!」
「高くつくわよ~?」
お姉ちゃんがそう言うと、アヤが「いくらですか!?」と目を丸くするもんだから、お姉ちゃんは大笑いしながら「百億円」と言った。
「てかノンのお姉ちゃん、面白いですね! 全然似てないや」
アヤが言う。
「てかめっちゃ美人じゃない? メイク教えて下さいよ~」
続けて美羽が、姉を褒め称えた。美人、のあとに似てると言わない辺りがさりげなく弄られている気がする。
お姉ちゃんは市内の大学に通っていて、今日は授業が入っていない日だということを私は知っていた。バイトも休みだという情報を得ていたのでいいタイミングだ! と彼女を呼び出したんだけど、車に乗り込む時、「足にするな」と頭をポコンと叩かれた。
アヤと美羽の言う通り、私とお姉ちゃんは似ていない。
顔についてだけ言うならばどちらもおじいちゃん似なんだけど、お姉ちゃんは私と違って性格がはっきりしているタイプだし、頼れるしっかり者だ。
だからこういう風に、私たちの世話を焼いてくれることがよくある。
車はカーブの多い坂道を進み、アヤの家、続いて美羽の家と回ってくれた。各々が自室からお気に入りの『勝負服』とやらを持ってきて、次の家へと向かう。
直ちゃんの家はうちの数軒先なので、彼女だけうちの駐車場から歩いて行った。
直ちゃんが戻ってきてから数分後、私の部屋での着替えパーティーが始まった。
お姉ちゃんは私のセンスの無さが心配らしく、女子四人が着替える部屋に居座っていた。
「お姉さん、コテ持ってますかぁ?」
美羽が聞くと、お姉ちゃんはもちろん! とお気に入りのヘアーアイロンを持ってきて、それをコンセントに繋いだ。
アヤ、美羽、直ちゃんの三人は、物凄いスピードで着替えとメイクをこなしていった。私はまたもや展開の早さについていけずに、ぽかんと口を開けるしかなかった。
「ノン、あんた変な格好で行くんじゃないでしょうね」
ぼーっとしている私を見て、お姉ちゃんが睨みながら言う。それでもぽけーっとしていたら、お姉ちゃんは自分の部屋から緑の花柄のワンピースを持ってきて、それを私の前に突き出した。
「あんた、これ」
「へ?」
「私のお気に入りの。これで行きなさい。今度マック奢ってね」
解せぬ、と思った。私は制服でいいやと思っていたし、そもそも狙いの男の子がいるわけでも、誰かと勝負するわけでもない。
それなのに勝手におしゃれな服を手渡されて、おまけに奢りを要求されるなんて理不尽だ。お姉ちゃん、バイトしてるくせに。
「まさかスッピンで行くつもりじゃないでしょうね」
「ただの学校の打ち上げだし、そんな気合入れなくても」
「男子も来るんでしょう!?」
お姉ちゃんが物凄い剣幕でそう言うから、こくりと頷いた。あっという間に髪の毛を弄られ(引っ張り回され)、顔に何かをぺたぺたと塗りたくられた。
「私がブルベ夏だからあんたもブルベ夏、たぶん」
お姉ちゃんは謎の呪文を唱えて、アイシャドウのパレットから色を選んでいった。まぶたの上にぐりぐりと塗られて、仕上げにリップを唇に乗せられ……、乗せてくれる。
私は自分が身につけた緑色のワンピースの裾を見て、彼のベースと同じ色だな、とぼんやりと思った。
「あんた、ちゃんとしとけば可愛いんだから頑張りな」
お姉ちゃんはそう言って、私の肩をぽんと叩いた。合コンにでも行くと勘違いしたのだろうか。しかし数時間後、彼女の予想は的中してしまうのだった。