少なくとも、きっとこの先生も生徒のことを一人一人見ようとしてくれている人なんだと思う。だから、適任ではなかったはずの私を文化祭の委員として抜擢した。
 そしてその相手に瀬名くんも選んだのも、この二人なら上手くやってくれるんじゃないかと踏んで決断したんじゃないだろうか。
 それはそれでまたすごい先生だ。
 普段は豪快に、がはは、と笑ってるだけの先生でもないらしい。
 学校という檻から出れば、学生という肩書が外れれば、もっと自由に暮らせると思っていた。ここから出て大人に出ればちゃんと息が出来るって、そう思っていたけど、
「……違ったんだ」
「ん?」
「あ……いや、なんでもないです」
 そうじゃなかった。あそこで変われなければ私はずっと息苦しいままだった。ここから出たってずっと心にある闇が消えたりなんてしなかったんだ。
「みーちゃった」
 先生がその場から去って行ったあと、手櫛で髪を直す。そこでタイミングよく現れた声にばっと振り返る。
 廊下の壁に体の横をくっつけ凭れながらこちらをじとっと見る瀬名くんの姿。
「担任との密会! 激写! スクープ」
 指で作ったカメラをこちらに向けながらパシャパシャと棒読みをする彼は、どうやら今日も普段通りだ。
「やめてそれ、誤解招くから」
「えー、なんで」
「なんでもだよ」
 不服そうにこちらを見てる彼に、ゆっくりと歩み寄っては目の前に立つ。
「元気?」
 私の問いかけに彼は「うん」と小さく頷く。
「元気」
「そっか」
「そっちは」
「元気だよ」
「そっか」
 最近のお決まり。
 私は必ず彼と会えば元気かどうかを尋ねる。本当に元気なのかはわからないけど、でも元気だと言ってくれる彼の目は今のところあの日のような虚無感は宿っていない。