「言いたいことは言えば?」
「……べつに」
 そんなアドバイス、簡単にしないでほしい。出来たら、とっくにしてきた人生だった。
「あのときだって、ちゃんと否定してないから、仲間外れにされたんじゃないの?」
 嫌な記憶が、触れられたくない過去が、土足で踏みにじられていくような感覚。感情が蠢いていくのがわかる。どくどく、と鼓動が激しく音を立てる。
「……よ」
「え?」
「……否定、したよ」
 忘れてしまいたい中学時代。ちりちりと焼かれているような心の中で、あの日の痛みを思い出す。
──付き合ってる。
 そんな噂が広まったとき、私の仲の良かった子が瀬名くんを好きだということを知っていた。男子生徒が茶化すようにニヤニヤしてるのを見て瞬間的にやばいと思った。何がやばいのか。
きっと、嫌われると思ったんだと思う。
 仲良し四人組。その枠になんとか合わせてきた。
毎日愛想笑いばかり浮かべて、ハブられないようにしていくのに必死で、ただ相槌だけを打つような生活を送っていた。
 一人になるのが怖くて、嫌われるのが怖くて、そうならないように好きでもない漫画読んで、ドラマ見て、雑誌買って、三人に合わすことだけを考えていたあの頃。
『莉子、あの、違うからね』
 噂が広まって、すぐに否定しなければと動いた。三人が集まる席で違うよと伝えに行った。
『あ……ね、別にあれ本気にしてないし、ね?』
 莉子は他二人に同意を求めるような視線を配っていた。回答はふわふわしていて、温度差が出来ていて”ああ、ここにはもういれてもらえないんだ”とすぐに察した。
 それからは早かった。昼も、いつもは「食べよ」なんて毎日誘ってくれていたのに誘われなくなって、移動教室も先に行かれて、帰りも、先に行かれて。
 目に見えるように避けられるようになってしまった。ただの噂で。
「……違うって、言いに行ったよ。でも」
 信じてもらえなかった。どれだけ時間を共有したって一度出た違和感は消えない。棘のように刺さって、なかなか取れない。一度歪んでしまえばもう真っ直ぐに戻せない。
 ——あの日、私はただの噂に呑まれた。灰暗い闇の奥だけが、私の世界となった。
「……でも、信じてもらえなかったから」
「ふーん、あっそ」
 人の闇に触れておきながら「あっそ」だけ。簡単にも片付けられてしまった。
「なに?」
「あ……いや」
 その不満がどうやら顔に出てしまっていたらしい。思わず視線をぐっと下にもっていく。
 彼は椅子をカタカタと前後に揺らしている。後ろに重心をおいて、ぐっと傾いては、またカタンと床に椅子の足を叩く。それを数回繰り返して、
「よかったじゃん」
 そう何気ない顔で言う。