瀬名くんに言われたから、棘のように痛い言葉を言われたから、私はそれを乗り越えようと頑張れたのかもしれない。
 やさしい言葉ばかりでもだめなんだ。厳しい言葉だって時には必要だった。その役割をきっと瀬名くんがしてくれていた。
 だから時々冷たい言葉も、突き放されるように言われた言葉も、きっとそれは、瀬名くんなりのやさしさだったのかもしれない。
 ねぇ今ならわかるんだよ。今ならちゃんと、瀬名くんの言葉の意味、もうちょっと理解出来るような気がするんだよ。
 なのに、なんで、なんで瀬名くんはフェンスの向こうにいるの。なんで、一歩線を引いてしまったの。
「——俺さ」
 風が冷たい。心が冷たい。温もりが、ない。
「母さんが死んでから、心が死んでんだ」
 くしゃ、と何かが潰れていく音。
 なにが、なにを、わからない。
 だって〝母さんに言われたから〟ってまるで小さな子供のように言いつけを守ったりして、自分の事をマザコンだって言ったりして、お母さん中心だったはずなのに。
 そのお母さんは、もういないの……?
「俺、ずっと母さんのことが嫌いでさ。すっげえ嫌いで。おせっかいだし、うるせえし、そのくせ外面はいいし──あの日も、普通に、死ねババアとか言ってさ。ほんとに死んだ。交通事故であっけなく」
 そう心の毒を吐いていく彼は、いつものようになんてことない顔で続ける。
「取り返しのつかない言葉ってあんだなって思った。何度やり直そうと思っても、戻れない日ってあって、そうやって後悔して生きてくのも疲れるんだよ」
 自嘲する顔が、心にきりきりと痛みを残していく。
 そんな過去があったなんて、そんな思いを背負っていたなんて。
「なんで、きれいな言葉だけで生きていけねえんだろうな。人に平気で、傷つけたりできるんだろうな。なんで、俺、こんな人間なんだろ」
 まるで他人事のように話す彼は、どこに目を置いているのかもわからない。今どんな顔をしてるかもわからない。
「今日は、母さんが死んだ命日なんだ」
「……っ」
「なぁ綿世」
 風がふっと吹く。
「言葉って、人も殺せるんだな」
 苦しい、心が、痛い。
 ねぇ、苦しいよ、瀬名くん。
 苦しくて、どうしようもないんだよ。