「綺麗だな」
「……うん、綺麗だよ」
 同じ言葉を、振り絞った声でなんとか出した。
 星が、綺麗だね、ほんとうに。でも、星なんて見れる余裕、ないんだよ。
「……寒い、よ。そんな薄着で」
 シャツ一枚で、ブレザーをコンクリートに放ったりして。
「寒いな、少し」
 ふっと息を吐くようにして笑う。今日の瀬名くんはよく笑う。まるで笑い収めをするみたいに、もう笑えないと思ってるみたいに。
「……感想文」
 ぽつり、と出たそれに目の前の彼が耳を傾けたのがわかる。
「あれ、もう一枚は瀬名くんだったんでしょう?」
 綺麗な、真っ直ぐな、澄み切った読書感想文。
 最後だと書かれたあれを見た時〝ああ、これは瀬名くんだったんだ〟と気付いた。
「なんで?」
「……字を見て」
「はは、嘘下手」
 乾いた笑みが屋上に小さく響く。
「俺、あんな字きれーじゃないよ」
「……そんなはず、ないよ」
「ん?」
「書道教室……だったんでしょ? 家」
 その道を歩かされたと言っていた、そんな彼が下手なはずなんてないんだ。嫌という程、字を見てきたって、つまりそれは字が上手くなるように毎日練習して、磨いていたからなんじゃないの?
「……よく覚えてんね」
「覚えてるよ、瀬名くんが話してくれたことなら」
 全部、覚えてる。忘れるわけがない。忘れられない。
「綿世」
 凛とした、澄んだ声だった。
「俺、綿世の言葉、好きだよ」
「え……」
 上を仰ぎ、静かに続けたその声が、どこまでも穏やかで、どこまでも温かい。
「言葉に責任を持ってる奴なんて、こんな世界にいないんだろうけど」
 ああ、もう。
「責任を持とうとする綿世見てると、こんな人間もいるんだなって思う」
 やめて、そんなやさしく語りかけるの。
「ちゃんと、まともな人間もいるんだなって。俺の言葉で変わろうと思ってくれる奴もいるんだなって思った」
 どれだけだって変われたよ。