「ねえ、三春」
 久しぶりに、きちんとした名前で呼ばれた。
 カーテンが入ったプラスチックの箱をぎゅっと握る。
 逃げたい、でも、逃げられない。
「うちらチケット忘れたの。でも、在校生が招待したってここに一緒に記入してくれたら入れるんだよ。だからさ、名前書いてほしいんだ」
 都合がいいな、と思う。
 困ったとき、誰も助けてはくれなかったのに。自分たちが困ったときだけ、こうやって声をかけてくるような神経を疑う。
 なに、それ。なんだよ、それ。
「……っ、らない」
「え?」
 出てよ、声。ちゃんと出てきてよ。
 今言わなくていつ言うの。いつ、ちゃんと今と向き合うの。
「知らない」
「なんて? 聞こえた?」
「きこえなーい。三春って昔から声小さいもん」
 笑われて、見下されて、それでも私の心はこんなにも震えていて。
 いつまで続くんだろう。いつまで、この人たちに怯えないといけないんだろう。
「俺の彼女、あんまいじめないでほしいんだけど」
 ぐっと横から肩を掴まれ、引き寄せられる。
「それとも、まだ続ける?」
 見上げれば、近距離にいるのは瀬名くんで、走ってきたのか息が切れてる。
「瀬名……」
 莉子の瞳が大きく見開かれる。
 ああ、今も好きなんだって、そういう顔に見えた気がして。
「付き合ってるの?」
「だったらなに? なんの関係がお前らにあんの? つうか、こっちはこっちで忙しいんだわ。暇人に付き合ってらんねえんだよ」
 それから、瀬名くんの目が私へと向けられる。やわらかな日差しを受けた髪が揺れる。
「行こ」
 自然と手を繋いで、そのまま莉子たちに背を向けて、私たちは走った。
 校舎へとただ走って、靴を脱ぐときには離れた手が、また繋がって。