「うん!」
 躊躇なんて言葉は一切取っ払って、だめな行為だということも重々承知の上で、私は瀬名くんの後ろに乗った。
 校則違反だとか、警察に見つかったらマズイかもしれないとか、そう思うのに、そんなことよりも今はとにかく、あのカーテンがほしかった。
 あれを、こんな形で使うことになるとは思いもしなかった。
「瀬名くん」
 風景が、勢いよく通り過ぎていく。
 風で、瀬名くんの背中のシャツを膨らませている。
「なに」
「私、あれ使わなくてほんとうによかった」
 何度も想像した。あの黒いカーテンに首をくくる瞬間を。
 でもできなかったのは、使えなかったのは、死ぬ勇気なんてなかったからだ。
 死にたいと思っても、死ねなかった。
 でも、ほんとうは、死にたくなかったのかもしれない。
「よかった、ほんとうに」
「ん」
 ぶっきらぼうで、素っ気ない返事だったけど、それだけでよかった。
 聞いてくれてるだけで、それでよかった。
 
 壁を乗り越えれば、そこにはやっぱり壁が待っているものらしい。
「ねえ、莉子。チケットあるでしょ?」
「あるはずなんだけど、あれー、忘れたかも」
 聞き覚えのある声に、ぴたりと足が地面から離れなくなった。
 瀬名くんが自転車置き場に行き、私は一足早く校舎へと入ろうとした。
 声がするのは校門近くに設置された受付から。そこに、いる。
 なんでだろう。私、今なら全然平気だと思っていた。
 渡辺さんに凄まれても、ビンタされても、余裕だった。
 なのに、なんで。莉子の声を聞くと、こんなにも心臓を掴まれるのだろう。
「あ、ねえ綿世三春じゃない?」
 目が、合った。
「ほんとだ」
 あの頃のメンバーでくすりと笑い合う。莉子も、あきほも、蘭も。なにも変わらない。私だけが、そこにいないだけで。