「なんで鍵が……」
「元々開いてるよ。鍵が閉まってるって見せかけてるだけで」
なんでそんなことを瀬名くんが知っているのか。
そんな私の思考を遮るかのように広がる茜色の空に目を奪われる。夜を連れてくる準備をまるでしているかのように、少しだけ薄暗い空と橙色が綺麗にグラデーションを描いている。
さっと風に髪を攫われ、肩まで伸びた毛先を耳にかける。
「はぁー涼しいね」
香川さんが両手をくっと広げ深呼吸をする。その後ろからは怠そうに階段をあがってきた桐原くん。
「ほら、綿世、こっち来てみ」
「……あ、うん」
あれ、今〝綿世〟って呼んだ?
いつもは律儀にさん付けで呼ぶ彼から、何故だか綿世と呼ばれると距離感が上手く掴めなくて、ぎこちなく歩みを進める。
なんでだろう。
「ほら、あそこ」
そう言って指の先を辿るように顔をあげれば、淡い青の中に控え目に光る白を見つける。
「星……」
小さく光る星は、目を凝らすとその周りの小さなものまで見え始める。
「この明るさでも見えるもんだな」
瀬名くんの言葉にただ静かに頷く。
こうして空を見上げたのはいつぶりだろうか。昔はよく空を見て、月を見たり星を見たりしていたのに。いつから、下ばかり向くようになってしまったのか。
少しだけ冬の匂いを纏う空気が鼻腔を擽る。気付けばもう十一月を迎えようとしている。紅葉の季節、様々な色の葉がこの屋上からも見えた。
「ちゃんと……見てなかったな」
「ん?」
「……いや、なんか、ちゃんと色づいていたのにと思って」
仄暗い空間で、膝を抱えるように下ばかりを向いていた。何かに怯えていたように思うけど、何に怯えていたのか、それは自分でもわからない。
毎日、人の視線が怖くて、でも逃げ方を知らなくて。
いつから、こんな風に色を色だと感じなくなったのだろう。いつから、色を排除してしまっていたんだろう。
こんなにも、世界は色づいていたのに。
「やっと出てきたんだ」
「え?」
ふわり、と風にのせられた温かな声が、耳朶にそっと触れる。
「ちゃんと出てこれたじゃん」
目を細めた彼と目が合い、なんだか胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。
『……早く、出てけよ』
『そんなとこ、いつまでいんの』
少し前、瀬名くんに投げかけられた言葉が今は何故だかぴたりと当てはまる。
〝ああ、見ててくれていたのかもしれない〟そんなことをふと思ってしまった。仄暗い世界にいる私を、瀬名くんはずっと見ていてくれたのかな、なんて。
そんなわけないのに、都合よく解釈してしまいそうになる。
「元々開いてるよ。鍵が閉まってるって見せかけてるだけで」
なんでそんなことを瀬名くんが知っているのか。
そんな私の思考を遮るかのように広がる茜色の空に目を奪われる。夜を連れてくる準備をまるでしているかのように、少しだけ薄暗い空と橙色が綺麗にグラデーションを描いている。
さっと風に髪を攫われ、肩まで伸びた毛先を耳にかける。
「はぁー涼しいね」
香川さんが両手をくっと広げ深呼吸をする。その後ろからは怠そうに階段をあがってきた桐原くん。
「ほら、綿世、こっち来てみ」
「……あ、うん」
あれ、今〝綿世〟って呼んだ?
いつもは律儀にさん付けで呼ぶ彼から、何故だか綿世と呼ばれると距離感が上手く掴めなくて、ぎこちなく歩みを進める。
なんでだろう。
「ほら、あそこ」
そう言って指の先を辿るように顔をあげれば、淡い青の中に控え目に光る白を見つける。
「星……」
小さく光る星は、目を凝らすとその周りの小さなものまで見え始める。
「この明るさでも見えるもんだな」
瀬名くんの言葉にただ静かに頷く。
こうして空を見上げたのはいつぶりだろうか。昔はよく空を見て、月を見たり星を見たりしていたのに。いつから、下ばかり向くようになってしまったのか。
少しだけ冬の匂いを纏う空気が鼻腔を擽る。気付けばもう十一月を迎えようとしている。紅葉の季節、様々な色の葉がこの屋上からも見えた。
「ちゃんと……見てなかったな」
「ん?」
「……いや、なんか、ちゃんと色づいていたのにと思って」
仄暗い空間で、膝を抱えるように下ばかりを向いていた。何かに怯えていたように思うけど、何に怯えていたのか、それは自分でもわからない。
毎日、人の視線が怖くて、でも逃げ方を知らなくて。
いつから、こんな風に色を色だと感じなくなったのだろう。いつから、色を排除してしまっていたんだろう。
こんなにも、世界は色づいていたのに。
「やっと出てきたんだ」
「え?」
ふわり、と風にのせられた温かな声が、耳朶にそっと触れる。
「ちゃんと出てこれたじゃん」
目を細めた彼と目が合い、なんだか胸がきゅっと締め付けられるような感覚を覚える。
『……早く、出てけよ』
『そんなとこ、いつまでいんの』
少し前、瀬名くんに投げかけられた言葉が今は何故だかぴたりと当てはまる。
〝ああ、見ててくれていたのかもしれない〟そんなことをふと思ってしまった。仄暗い世界にいる私を、瀬名くんはずっと見ていてくれたのかな、なんて。
そんなわけないのに、都合よく解釈してしまいそうになる。