そんな約束、守れるはずなどないのに。桐原くんはただのクラスメイトでしかないのに。それなのに、私は頷いてしまった。
「瀬名くん」
おじさんは、そのまま隣の彼を見つめる。はい、と小さく返事をした彼に、
「君は、おじさんとは違う、と思うんだ」
突然のその切り出しは、真意が読めなくて、けれど瀬名くんはぐっと眉間に皺を寄せる。
「……おじさんの遺言、なんて言ったら重いだろうけど。そうだね、約束、としてくれたら嬉しいかな」
そう言ったおじさんに彼は少し沈黙を続け、ようやく開いた口でただ静かに「そうですね」とだけ呟いた。
肯定でも否定でもないその答えに、おじさんは「ありがとう」と微笑んでいた。
何が交わされたか分からない私に「綿世さんも、約束、ね」と続けられ、吐息混じりに「はい」と答えてはまた何度も頷いて見せた。
「綿世さん」
黒いビニール袋を切っていると、愛嬌の良い声で名前を呼ばれる。
見上げれば髪を二つに結び胸元に垂れさせた二宮さんが立っていた。
「それ、窓に貼るやつだよね?」
「あ、うん」
「私たちのグループ、色塗り終わったからそれしてもいい?」
「ほんとう?」
声を掛けられることが最近になって増えたのは、こうしてクラスメイトが実行委員である私に仕事を聞いてくれるようになったから。
ほとんどの生徒はプラネタリウム制作にあたり積極的に作業に取り組んでいる。
男子も女子も、和気藹々と楽しそうにしているのを見て、先月行われていた話し合いの空気が嘘のように思える。
一致団結、出来ているのだろうか。
私はまとめる力がないから、もし一丸となってチームワークが生まれているとするなら、それは瀬名くんのおかげだろう。
あのとき、最悪な雰囲気を壊してくれたのは瀬名くんで、そんな瀬名くんに皆が感化されるように変わった。
「うわ、ださ」
あの渡辺さんたちのグループを除いてはの、話だけれど。
段ボールでプラネタリウムのドームを作り、その中でモバイルプロジェクターを使って星を投影することになっていた。
その段ボールで作るというのが、どうやら彼女達から見ると〝ださい〟という評価になるらしい。
かち、と渡辺さんと目が合い思わず視線を外す。
けらけら、こそこそ。そんな雑音を遮断したくなっては手元のビニール袋にハサミを通していく。
「カーテン、ここでいい?」
香川さんが真っ黒なカーテンを両手に持って現れる。
「あ、うん」
文化祭の準備に積極的に取り組んでくれる香川さんは以前と変わっていないように見えるけれど、
「あ、出た仲間外れ」
嫌味な声色は一瞬してその平穏を崩す。
先程見ていた渡辺さんたちが少し離れた場所からこちらをニタニタと笑って見ている。
隣を見れば、香川さんは気にすることもなくカーテンを置いていたが、その手は微かに震えているように見えた。
「ハブられ者同士お似合いだよね」
せせら笑う声だけが教室だけでなく、心をも冷やしていく。
香川さんは何も、言わなかった。
ひたすらそれに耐えるように、笑うこともせず、ただじっとしていた。
その姿が自分と重なって見えた。
こんなとき、じっとしてることしか出来ないのを知っている。反論することも出来なくて、下手に逃げることも出来なくて、ただじっとその場にいることしか。
「琴音、最近付き合い悪いもん」
そう、させてるのは自分達なのに。
どうして平気で言えるんだろう。どうして、そう笑っていられるんだろう。
どうして、どうして——。
「瀬名くん」
おじさんは、そのまま隣の彼を見つめる。はい、と小さく返事をした彼に、
「君は、おじさんとは違う、と思うんだ」
突然のその切り出しは、真意が読めなくて、けれど瀬名くんはぐっと眉間に皺を寄せる。
「……おじさんの遺言、なんて言ったら重いだろうけど。そうだね、約束、としてくれたら嬉しいかな」
そう言ったおじさんに彼は少し沈黙を続け、ようやく開いた口でただ静かに「そうですね」とだけ呟いた。
肯定でも否定でもないその答えに、おじさんは「ありがとう」と微笑んでいた。
何が交わされたか分からない私に「綿世さんも、約束、ね」と続けられ、吐息混じりに「はい」と答えてはまた何度も頷いて見せた。
「綿世さん」
黒いビニール袋を切っていると、愛嬌の良い声で名前を呼ばれる。
見上げれば髪を二つに結び胸元に垂れさせた二宮さんが立っていた。
「それ、窓に貼るやつだよね?」
「あ、うん」
「私たちのグループ、色塗り終わったからそれしてもいい?」
「ほんとう?」
声を掛けられることが最近になって増えたのは、こうしてクラスメイトが実行委員である私に仕事を聞いてくれるようになったから。
ほとんどの生徒はプラネタリウム制作にあたり積極的に作業に取り組んでいる。
男子も女子も、和気藹々と楽しそうにしているのを見て、先月行われていた話し合いの空気が嘘のように思える。
一致団結、出来ているのだろうか。
私はまとめる力がないから、もし一丸となってチームワークが生まれているとするなら、それは瀬名くんのおかげだろう。
あのとき、最悪な雰囲気を壊してくれたのは瀬名くんで、そんな瀬名くんに皆が感化されるように変わった。
「うわ、ださ」
あの渡辺さんたちのグループを除いてはの、話だけれど。
段ボールでプラネタリウムのドームを作り、その中でモバイルプロジェクターを使って星を投影することになっていた。
その段ボールで作るというのが、どうやら彼女達から見ると〝ださい〟という評価になるらしい。
かち、と渡辺さんと目が合い思わず視線を外す。
けらけら、こそこそ。そんな雑音を遮断したくなっては手元のビニール袋にハサミを通していく。
「カーテン、ここでいい?」
香川さんが真っ黒なカーテンを両手に持って現れる。
「あ、うん」
文化祭の準備に積極的に取り組んでくれる香川さんは以前と変わっていないように見えるけれど、
「あ、出た仲間外れ」
嫌味な声色は一瞬してその平穏を崩す。
先程見ていた渡辺さんたちが少し離れた場所からこちらをニタニタと笑って見ている。
隣を見れば、香川さんは気にすることもなくカーテンを置いていたが、その手は微かに震えているように見えた。
「ハブられ者同士お似合いだよね」
せせら笑う声だけが教室だけでなく、心をも冷やしていく。
香川さんは何も、言わなかった。
ひたすらそれに耐えるように、笑うこともせず、ただじっとしていた。
その姿が自分と重なって見えた。
こんなとき、じっとしてることしか出来ないのを知っている。反論することも出来なくて、下手に逃げることも出来なくて、ただじっとその場にいることしか。
「琴音、最近付き合い悪いもん」
そう、させてるのは自分達なのに。
どうして平気で言えるんだろう。どうして、そう笑っていられるんだろう。
どうして、どうして——。