「ねぇ、綿世さんってそこにいる意味あんの?」
 けらけら、と。あのせせら笑う声が響く。
 渡辺さんの人を馬鹿にしたような顔が完全にこちらに向けられている。
 突然名指しされた事で心臓がありえない程大きく跳ねた。どくどく、と鳴り続ける音はいっそすぐ近くに立つ瀬名くんに聞こえているんじゃないかとさえ思うほど。
「っ……」
 声が、出なかった。
 人を見下し、を楽しんでる声。歪んだ感情が真っ直ぐに向けられ、思わず上履きへと視線を落とす。
「……それは、ひどいって」
 か細くも、意志の強い声がしんと静まった教室に響く。
 声をあげてくれたのは香川さんだった。
やさしく笑う彼女のイメージが、今では綺麗さっぱり消えている。怒ったような目つきは、まるで自分のことを傷付けられたみたいな顔をしていて。
「出た出た、最近お友達になったんだもんね?」「私たちとは全然遊んでくれなくなったし」
 山川先生は今日不在で、だからこそヒートアップしていく。
 私の代わりに怒ってくれた彼女は、力なく、それでも睨みつけるような視線を渡辺さんたちに向けている。それを見た彼女達は「こわ」とからかうように笑うだけ。
 最悪な空気が、どんどん最悪なものへと化していく。
 もう半分の時間を使ってしまった。何も進まないまま、空気だけを悪くして、生徒達の仲を引き裂いていく。
 こんなの青春どころじゃない。青春なんて得られやしないじゃないか。
「もうさ、綿世さん決めちゃってよ」「そうそう、委員だし」「立ってるだけって意味あんの?」「言えてる」
 彼女達の声が大きくなる。周りはそれに同調するように笑ったり、目を逸らしたり、各々で反応を見せる。
「あのさ」
 そう切り出した瀬名くんの声で、誰もがぴたりと全ての動作を止めた。