匿名の読書感想文が新しく更新されていた。
 私はここ最近書けていないので前回の悪口ばかりの読書感想文は破棄されたのだろう。あの綺麗な感想文だけが一枚、廊下に貼りだされているのを私は足を止めてじっくりと読んだ。
〝幸せの向こうには何があるんだろうか〟
 達筆で、読みやすい綺麗な字。そんな字で、幸せの向こうを問いかけていた。
 今回の感想文がテーマになった本を、私は以前読んだ事がある。
 余命宣告を受けた少女と、自分を捨てようとしている少年の物語。二人は生きるということを必死に模索しながら、最後〝この世界で君に会えたことは、幸せ以外のなにものでもない〟と抱きしめ合って少女の最期の時間を共にするという愛と生の話だった。
 少年のその後は描かれず、どうなったかは知らない。所詮は物語であって、あくまでも少年は少女の分まで生きることを選択してくれてればいいなと思うしかない終わり方だった。
 その幸せな形で終わった物語に対して、これを書いた人はその先を見つめていた。
 幸せは永遠に続くものではない。
〝生きる価値を見つけ出すことが幸せの定義なら、そんな人生で生きてみたかった〟と締めくくられた感想文を見て共感した。
 幸せがわかる人生。そんな道を、安心して歩いてみたかった。
 まるで自分の人生を悲観してるみたいで、全てを諦めているような書き方だった。これを書いた人は一体どんな人なんだろう。何を想って毎日を過ごしているのだろう。
 綺麗な字で、綺麗な世界観で、綺麗ではない何かを見つめている。
 悪口ばかりを書く私とは違って、この人は良いところばかりを見つけて言葉に残してる。
 素晴らしい感性。私には持てない、綺麗な感情。
 それなのに、悲しくて、締め付けられるような叫びに見えるのはどうしてだろうか。
 どうして私はこの感想文に惹かれてしまうのだろう。

 第四週の月曜日。四回目の話し合いが行われた。
 これで最後。もう話し合いは来週からなくなる。今日でいよいよ決めないといけない。それなのに、教室の空気は最悪だった。いつも通り「候補ある人どーぞ」で始まった瀬名くんの合図に、誰もが視線を外した。
 前回、香川さんの件もあってか誰もが口を開くことを恐れ、いよいよ人任せが本格的になってしまった。
 黒板はまっさら。綺麗な状態のまま。
 そんな中で一人、重い空気を助長させるような皮肉な声があがる。