「中学の時の話ばかりしてくるよね。嫌な思いしてるんだから、触れられたくないとか、そういうの考えてくれないの?」
 委員に選ばれた時だってそうだ。中学の話を掘り返して、ああだこうだと文句をつける。
 過去のあの思い出は決して私の中で消えることはないし美化されることもない。
 ふと思い出しては、憎しみや怒りが増幅して、暴れてしまいたい衝動に駆られる。制御できなくなりそうになる。
 傷は、傷のままだ。完治することのない、一生背負っていく傷だ。
 だからこそ、簡単に触れてほしくないし、そっとしておいてほしい。
 見て見ぬふりをしてくれればいい。こう何度も話題に出してほしくない。
「瀬名くんにはわからないよ。誰かに一方的に距離を取られるとか、陰でこそこそ言われる辛さとか、なんで学校来れるの? って言われるようなことも、そんなの全部、わかんないでしょ。人の視線や、人の言葉を怖いと思ったことがないから、そう言えるんだよ」
 だから平気な顔して人の傷を抉れる。
 抉られるって、一突きされるのはまた違う。ぐりぐり、と痛みを広げられるみたいに、傷跡を大きくされるような感覚に似ている。
「……そういうので苦しんでる人のこと、もっと考えてよ」
 絞り出すように出た声は、切実なものだった。
 わかってほしいなんて言わない。
でも、そういう人がいるんだって、なんで考えられないの。
「文化祭だって、……もっと真剣に考えてよ」
 いつも黙ったままで、何を考えているのかわからない顔で見つめているだけの瀬名くん。
 私の思いを、彼はいつも通りの顔で受け止めていた。
 もしかしたら流されていたのかもしれない。右から左へと雑音のようにされていたのかもしれない。
「……」
 沈黙に耐えられなくて、私は通学バックを肩にかけその場を後にした。

 嫌なことがあると、続くようにして嫌なことが起こる。
「あれ、もしかして綿世三春じゃない?」
 帰り道、今まで一度だって鉢合わせたことがなかった集団を見て背筋が凍った。
 莉子たちだと、そう声でわかるぐらい、ずっと忘れられなかった。
 あの三人、卒業のときには分裂していたのに、今は一緒にいるんだ。
 きっと、戻ったとしても、私の悪口で盛り上がるんだ。
「なんかスカート短くない?」「高校デビューとかしたんでしょ」「え、綿世三春のくせに?」
 莉子の声は聞こえない。あきほと蘭だけの馬鹿にするような音だけが、びりびりと鼓膜を切り裂いていく。
 フルネームで呼ばれること。そこにかつての友情などどこにもない。
 なんで会ったんだろう。なんでこんなときに会ってしまったんだろう。
 足を動かすことだけを考えて、でも耳だけはしっかりとその場に残してきたみたいに敏感で。
「なんか、萎える」
 私は萎えるどころじゃないのに。
 ──死にたい。死にたい。今、すごく死にたい。
 死にたいと、簡単に思うようになったのは中学からだった。
 でも中学のときは、まだ高校でチャンスがあるかもしれないと思った。
 まだ死ぬのは勿体無いかもしれないって、そう思ったから未来に期待した。
 期待した結果がこれ。
 結局、生きていたって同じようなことばかりが続いて、傷つけられてばかりで。
 いつものインテリア用品店に足を運んだら、お目当てのカーテンが半額だった。
 買えって言われているようで、今回は簡単に財布の紐が緩む。
 でも死ぬのは今日じゃない。もっと最適な日があるはず。
 そう考えるだけで、心が楽になっていく。
 自分が死ぬことを考えたら、自然と息が出来るようになるから不思議だ。