ザっと砂利を踏む音が聞こえたかと思えば、彼は別れを告げることなく背中を見せその場から離れて行った。そんな彼を、誰も止めなかった。香川さんも、瀬名くんも。
 追いかけた方がいいのか迷ったけれど、追いかけたところで桐原くんにかける言葉は何も見つからなかった。きっと二人も同じことを考えていたのかもしれない。
「ごめんね」
 気まずそうに笑う香川さんが「こんな雰囲気にしちゃって」と続ける。どこか傷付いたような笑みに柄にもなく胸が痛む。
 あんな言葉を向けられて、言葉の刃が分散されているなんて思ったけれど、きっと香川さんの心臓にはダイレクトに響いていたのかもしれない。そう思うと、なんだか苦しくなった。
 瀬名くんは空を仰ぐみたいに屋根を見ていた。香川さんの言葉に反応を見せず、ただいつも通り、何を考えているのかわからない顔をしている。
「……昔はね、これでもよく遊んでたんだよ。桐原と」
 香川さんはぽつぽつと、思い出話をするように口を開く。
「ほら……表札、あったでしょ?」
「あ……ひらがなの?」
「そう。あれ、私が昔、小学校の工作で作ったやつなの。へたくそなのに、桐原、あれ今でも飾っててくれててさ」
 ぎこちない笑みで、無理に作った愛想が震えている。
「親同士も仲良くて、よく家にも遊びに行ってて、……昔は桐原もあんな尖ってなかったんだけど」
 そう言っては、一瞬躊躇いを見せ言葉を噤み、ふぅと息を吐く。
「……桐原のお母さんがね、二年前に亡くなって、それからかな。桐原変わっちゃって。多分、可哀想、とか思われるのが嫌だったんじゃないかな。昔の桐原っていっつも笑ってたから。なんでも、笑いに変える力があったからさ」
 想像も出来ない、昔の桐原くん。思いを馳せるようにブランコに視線を流す。
「私が言うのも変なんだけど、桐原の家って、その、お金がなくて……周りからもよく貧乏だってからかわれること多かったんだ。でも、あいつ、そんなの全然気にしてないような顔して、いつも笑ってて。お調子者で、ふざけてばっかで」
 蔑むような目つき、そんな人が昔はよく笑っていたなんて、今では信じられない。
「……でも、おばさん亡くなって、家計支えてたおじさんも今では余命宣告受けちゃって、今では桐原が家計を支える為にってバイトいくつか掛け持ちしてるみたい。早朝の新聞配達とか、夜間の現場仕事とか……遊んでられないっていうのは、そういうところからくる言葉なんだと思う」