見兼ねておじさんが声をかけてくれる。「ごめんね」なんてぺこぺこ頭を下げる姿は、とても桐原くんとはかけ離れた存在に見えた。
 二人の玄関の奥に消えると、先程よりもぐっと低くなった声が聞こえてくる。
「だからなにしてんだよ」
 迷惑。そう顔に張り付けられるみたい。怯みそうになる私とは違い、香川さんは堂々としている。
「ねぇ、その顔やめたら? わざとやってるんでしょ」
 臆するどころか桐原くんの顔にいちゃもんをつけだす始末。こんなんじゃ殴られると思った私の心配をよそに、彼は「うるせーな」と呆れて息をこぼすだけだった。
 家の前だとあれだから、と言った香川さんは少し歩き出しては小さな公園で足を止めた。彼女は近所だと言っていた。つまり彼女の家もこの近くにあるという事だろう。
 桐原くんが放つピリピリした雰囲気に怖気づきながら、公園の敷地内にある屋根つきベンチに三人が腰をおろす。
「座ったら?」
 香川さんの少し威圧的な態度は桐原くんに向けられている。一人柱にもたれるようにして立つ彼は「いい」とだけ言って座ろうとはしなかった。
「で、なに? おかしなメンバーぞろぞろ連れて。笑いにでもきた?」
 人を蔑むような彼の目は、普段よりも鋭さが含まれていた。余程家まで来られたのが迷惑だったのだろう。
 そんな彼に香川さんは冷静だった。「違う」とだけ否定しては「文化祭」と切り出す。
「文化祭、参加しなよ。去年も参加してないでしょ」
 話が進められていくのを、私は黙って聞いていた。そして隣に座る瀬名くんも何を考えているのかわからない顔で黙っていた。
「関係ないだろお前に」
 荒々しい口調。人を拒絶するような態度。
「お前らと違って、こっちは遊んでられねーんだよ」
 大きくて分厚い壁が作りだされる。人気者である香川さんに対しても、彼は平気な顔で暴言を吐く。
「んな事言いにわざわざここまで来たのかよ。よっぽど暇だなお前ら」
 一対一で向けられていた言葉だったら、きっと私は立ち直れなかったかもしれない。まだ三人いるから、言葉の刃が分散されているような気分。
 誰も、言葉を発しなかった。唯一対抗出来ていた香川さんだって、じっと耐えるように座っている。