『委員なんだから瀬名も行くよ』
『なんで無理』
『無理ってなに』
『俺、学校では頑張るけど外では頑張れない病抱えてるから』
『どうでもいいから行くよ』
あのときの香川さん、笑いながら怒りのマークを浮かばせていた。あの温厚でやさしい香川さんが、いらっとしていたのを垣間見た瞬間だった。
ずんずんと歩き慣れない道を黙ってついていく。香川さんの背中を見失ったら一発で迷子になるだろう。
「で? なんで?」
「しつこいよ」
「いいじゃん」
「まあ近所ってだけよ、それだけ」
見知らぬ住宅街を抜けていく香川さんの声が、少し寂し気のある音に聞こえた。それは単なる気のせいなのかもしれないけれど、人と話さなくなった分、声色に敏感になってしまった。
何を思って香川さんは桐原くんの家に行こうと言ったのだろうか。
初めて知る、香川さんと桐原くんの共通点。家を知っている仲同士。それは少なからずただのクラスメイトと呼ぶには無理があるんじゃないかと思う。
近所ということは、中学も小学校も一緒だったんだろうか。二人が話しているのを見た事がないのでこの話を聞いた時は正直驚きしかなかった。
学級委員の香川さんと、真反対の桐原くん。
とても二人が結びつくようには思えない、なんて言うのは私の勝手な偏見なんだろうな。私は二人を何も知らない。何も、何一つ。
高校から徒歩二十分。遠いとは思わないけれど近いとも感じなかった。これはただ私の運動不足からくるものだろう。
いくつか急な坂を上り、永遠と上を目指しているような気分になっていたところで「着いたよ」と香川さんが立ち止まる。
木造平屋。今にも崩れそうな外壁に思わず目を見張る。台風がきたらどこの家よりも真っ先に飛ばされてしまうのではないかという外観の、頼りない自宅がそこにはあった。
手作り感満載の表札。”きりはら”と平仮名で書かれているそれを見ては「下手くそでしょ」と香川さんが苦笑する。
「ここ……」
「桐原の家。もしかしたらいないかもしれないけど」
そう言っては慣れた様子で玄関へと向かう。インターホンはないのか、半透明の引き戸にノックしては「こんにちはー」と中の人に声をかける。
すぐあとにパタパタと中から足音が聞こえ、透けガラスの向こうに人影がぼんやりと映る。
「はーい」
出迎えてくれたのは、この家と同じように、どこか頼りなさそうに見える白髪交じりの男の人だった。
「お久しぶりです、おじさん」
「ああ! 香川さんとこの! 琴音ちゃんだ。すっかり美人さんになって、おじさん全然わからなかったよ」
そっかそっかぁと感慨深げに香川さんと眺めている目が、ふとこちらに流されてくる。
「あ、お友達かな?」
「あっ、は、はい」
咄嗟に返事をしなければと思ったせいで、友達というワードを肯定してしまった。すぐさま後悔が走ったけれど、おじさんはにこりと笑って、またそっかそっかぁと静かに頷いていた。
『なんで無理』
『無理ってなに』
『俺、学校では頑張るけど外では頑張れない病抱えてるから』
『どうでもいいから行くよ』
あのときの香川さん、笑いながら怒りのマークを浮かばせていた。あの温厚でやさしい香川さんが、いらっとしていたのを垣間見た瞬間だった。
ずんずんと歩き慣れない道を黙ってついていく。香川さんの背中を見失ったら一発で迷子になるだろう。
「で? なんで?」
「しつこいよ」
「いいじゃん」
「まあ近所ってだけよ、それだけ」
見知らぬ住宅街を抜けていく香川さんの声が、少し寂し気のある音に聞こえた。それは単なる気のせいなのかもしれないけれど、人と話さなくなった分、声色に敏感になってしまった。
何を思って香川さんは桐原くんの家に行こうと言ったのだろうか。
初めて知る、香川さんと桐原くんの共通点。家を知っている仲同士。それは少なからずただのクラスメイトと呼ぶには無理があるんじゃないかと思う。
近所ということは、中学も小学校も一緒だったんだろうか。二人が話しているのを見た事がないのでこの話を聞いた時は正直驚きしかなかった。
学級委員の香川さんと、真反対の桐原くん。
とても二人が結びつくようには思えない、なんて言うのは私の勝手な偏見なんだろうな。私は二人を何も知らない。何も、何一つ。
高校から徒歩二十分。遠いとは思わないけれど近いとも感じなかった。これはただ私の運動不足からくるものだろう。
いくつか急な坂を上り、永遠と上を目指しているような気分になっていたところで「着いたよ」と香川さんが立ち止まる。
木造平屋。今にも崩れそうな外壁に思わず目を見張る。台風がきたらどこの家よりも真っ先に飛ばされてしまうのではないかという外観の、頼りない自宅がそこにはあった。
手作り感満載の表札。”きりはら”と平仮名で書かれているそれを見ては「下手くそでしょ」と香川さんが苦笑する。
「ここ……」
「桐原の家。もしかしたらいないかもしれないけど」
そう言っては慣れた様子で玄関へと向かう。インターホンはないのか、半透明の引き戸にノックしては「こんにちはー」と中の人に声をかける。
すぐあとにパタパタと中から足音が聞こえ、透けガラスの向こうに人影がぼんやりと映る。
「はーい」
出迎えてくれたのは、この家と同じように、どこか頼りなさそうに見える白髪交じりの男の人だった。
「お久しぶりです、おじさん」
「ああ! 香川さんとこの! 琴音ちゃんだ。すっかり美人さんになって、おじさん全然わからなかったよ」
そっかそっかぁと感慨深げに香川さんと眺めている目が、ふとこちらに流されてくる。
「あ、お友達かな?」
「あっ、は、はい」
咄嗟に返事をしなければと思ったせいで、友達というワードを肯定してしまった。すぐさま後悔が走ったけれど、おじさんはにこりと笑って、またそっかそっかぁと静かに頷いていた。