「私も桐原の件、参加させてもらえないかな?」
 香川さんから突然の申し出があったのは、翌日のことだった。どこか人目を気にして桐原くんの名前を口にしている姿はどこか違和感を覚えた。
「え……桐原くん?」
 私の戸惑いを察してか「聞いちゃったの」と付け加える。
「この前職員室で山川先生から頼まれてたでしょ? 桐原を文化祭に参加させてって。たまたま職員室に用があったからさ」
 どうやら私達の肩に桐原くんの責任がのっかってることを知っていたらしい。
「でも香川さんが参加って……」
「私も一緒に説得させてもらいたいんだ、だめかな?」
「いやいや、ぜんぜん」
 愛らしいくりっとした瞳を見せられればノーとは言えない。ふわりと香った女の子らしい甘い匂いが鼻腔を擽る。たったそれだけで、彼女の価値がまたぐんっと上がっているように思う。
「でも、どうして?」
「あ、いやー……まあ学級委員だし、一応」
 無理に押し出したような笑みがやけに残った。
 クラスの学級委員なのだから桐原くんを気にかけるのは当たり前なのかもしれない。私にまで声をかけてくれるようなやさしい人なんだから、そう珍しくもない。
 香川さんは誰にだって気配りが出来るような女の子だった。
 困っている人がいたら絶対に助けるタイプなんだろうし、香川さんを悪く言う人を今まで聞いたことがない。
 何もかもが完璧。言うことなし。おまけに桐原くんのことさえ買って出てくれるのだから、人からも神からも愛された最強な人なんだろうなと思えてくる。
「あ、ちなみに今日ってさ」
 ふわっとやさしく笑いかけられれば、きっと何を頼まれたって断れない。そう、何を頼まれたって。
「あ……あの、香川さん」
「ん?」
「ほんとうに行くの?」
「うん、そろそろだから」
 やさしい笑みに私は当然断るという判断が出来なかった。
「桐原の家に行ってみようよ」と続けられたとき、私は一瞬フリーズしながらも承諾していた。あとあと冷静になってみれば、とんでもないお願いを引き受けてしまったなと激しく後悔したものだ。
 香川さんの背中になんとかついていくと、隣から「つーかさ」と声が落ちてくる。
「なんで香川さん、桐原の家知ってんの?」
 どこか面倒くさそうな色を浮かべている瀬名くんは、うだうだと歩いている。香川さんが強制連行したのだ。
「まあ、……ちょっとね」
「ちょっとって?」
「別にいいでしょ」
 少し強気な発言に、さっきの二人の会話を思い出す。