私の不安とはよそに、乾いた笑みを浮かべた彼のジョークはどこか冷え切っていた。
 面白いなんて微塵も思ってないような目がこちらを一瞥する。一度合った視線のすぐあとに、
「まあ、生きてればどうにでもなるでしょ」
 そう、おどけるようにして、また笑った。笑顔の中に、苦い色が見えた気がした。
「い、生きてればって」
 それはそれでまた話がズレてくるような気もする。それでも瀬名くんはもうこの話に興味がないのかスマホの画面をスライドさせている。
「……あのさ、」
 びくびく、と言葉を選んで絞り出しては、乾いた口で声を吐き出す。
「今日、なんで何も言わなかったの? 話し合いのとき」
 瀬名くんはよくわからない顔でただ黙って教室を見つめていた。笑うでもなく、同調するでもなく、ただ静かに、傍観者としてあそこに立っていたような気がする。
 その姿が印象的で、何かしら発言する彼がああやって黙っているのは少し変に思えて。でも、何が変なのかと聞かれればきちんとした答えを出せそうにもない。
 私の問いかけに、彼の指の動きがぴたりと止まる。けれど、また上下に画面をなぞりながら。
「母さんが、ああいう時は第三者の目で見ろって言ってたなぁと思って」
「お、お母さん……?」
 突然出てきた瀬名くんの家族に戸惑いが滲む。
 友達でもなく、先輩でもなく、お母さんに言われたことを思い出していたらしい。
「そ。俺、マザコンだから」
「……それは、また」
 意外な告白をしてくるものだから数少ない返しは限界を迎える。言葉をなくした私に彼は、
「だから、その通りにしただけ。ここにいる意味を考えられないような奴らとへらへら笑ってたくないし」
 ずばっと、切り捨てたクラスメイトたち。彼は平気な顔でこうして人に本音をぶつける。どうしてそうはっきりと言えるんだろ。どうして、自分が思った事を全部何もかも口に出来るんだろ。
 わからない、私には。きっとずっとわからないのかもしれない。
「……はっきり言うね」
「溜め込んでストレス抱えたくないし、綿世さんみたいに」
 本当にどこまでも全部吐き散らす。平然とした顔で、相変わらず画面から目を離さないで、彼は私を小さな針で刺してくる。嫌味を言われているんだろうか。それにすら私は気まずい顔しか浮かべられないのだから、嫌になってくる。
 自分のことも、こんな世界のことも。
 もっと綺麗な世界だったらいいのに。
 全員が悪なんて持たないで、澄んだ心だけ持っていれば、もっと世界は平和だったのに。