話しかけないと、今、話しかけないと、タイミングがなくなってしまう。
 そうわかっているのに、一向に足が動かない。話しかけるのが怖い。迷惑がられたら、嫌そうにされたら、そう考えるだけで手まで震えてきてしまう。
「なぁ桐原」
 彼の席に瀬名くんがひょいっと歩み寄る。手足が増える私とは違い、なんてことはない顔でフラットに話しかけている。
「お前さ、文化祭こねーの?」
「……は?」
 桐原くんは案の定迷惑そうな表情を浮かべた。話しかけられて鬱陶しいとさえ思っているような顔。それでも瀬名くんは喋りかける。
「去年もどうせ休んだんだろ? 今年は参加したら?」
「しねーよ」
「なんでだよ」
「うるせー、散れ」
 ドスの利いた声。思わず体が竦んでしまいそうになるだけの威力があった。
(あの場に私がいたら……)
 そう考えるだけで怖くなった。話しかけないで良かったとすら思ってしまう。卑怯者だ。こんな風に遠巻きからしか見ていられない自分なんて、どこまでも卑怯者。
「そっか、まぁ考えるぐらいはしろよな」
 それでも瀬名くんは顔色を変えなかった。「じゃ」とだけ告げては桐原くんの前から離れていく。
(なんであんな風に言われて傷付かないんだろう)
 散れ、なんて言われたその瞬間から、私はもう二度と桐原くんとは話せなくなる。見ることすら出来なくなるぐらいのトラウマが植え付けられて、それこそ人と話せなくなる。
 私には出来ない。あんな強いメンタルを持ってない。
「瀬名くん」
 彼が一人になるタイミングを伺っていれば放課後になってしまった。帰り支度をする中で廊下を出た瀬名くんに慌てて声をかけに行けば「なに?」と振り返ってくれる。
「あ、あの……ありがとう、桐原くんに伝えてくれて」
「別に。そうしろって山川に言われたし」
「でも、あの、ありがとう」
 私一人ではどうにもならなかった。
「あのさ──」
「なに? 俺トイレ行きたいんだけど」
 視線を男子トイレのプレートへと向けた彼に「あ、あ……ごめん、すぐ終わるから」と口にし、その先を続ける。
「瀬名くんは、その……傷ついたりしないの? 桐原くんにあんな言われ方されて」