「そんなの……」
「ん?」
「そんなの……瀬名くんにはわからないよ」
 人に声をかけることがどれだけ勇気がいるか。
嫌な顔を言われたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、そんな不安を考えたことのないような人に、どうしてここまで言われなきゃいけないのか。
「……一人の方が、ずっと楽だよ」
 ずっと、ずっと、楽だ。
傷付かないで済む。過度な期待をしなくて済む。自分だけの世界にいれば、周りの声に感情が動くことはない。そうしていた方が、ずっと楽に決まってる。
「一人が楽なら、なんでそんな羨ましそうに周りを見てんの」
 ぱりん、と何かが割れた音が聞こえる。聞こえてきたのは、心の中。
「そ、れは」
「言っとくけど、好んで一人になるのと、仕方なく一人でいるのは意味が全然違うから」
 声が詰まる。ハッとする。やめてほしい。
 お願いだから、入らないでほしい。お願いだから、もうそれ以上入ってこないで。
 目頭がきゅっと熱くなる。滲んできた涙が溢れそうになる。頭で理解していることを、こうして言葉にされると、本当に心が痛くなる。正論だから、心が受け入れられない。だって、人は簡単に物事を割り切れない。簡単に、前には進めない。
「……早く、出てけよ」
 聞き逃してしまいそうな小さな呟き。
「え……」
「そんなとこ、いつまでいんの」
 あの目が、私の何かを捉えていた。仄暗い闇に、彼はそっと語りかけるように、何かを見つめていた。



 その日、桐原くんは昼休みが終わる直前に登校してきた。悪びれる様子もなく、ごく当たり前のように遅刻して、どかっと椅子に座るのを教室の隅で見つめていた。
(文化祭、参加してって言わないと)
 喉がごくりと音をたてる。緊張で心臓がバクバク鳴っている。