亡霊共が蠢いているかのような暗く狭い路地の中、オルフェと彼女は追手から逃れるため、全力で走っていた。まだ追手が来る気配はないが、見えない亡霊に怯えるかのように、とにかく必死だ。
オルフェは無謀な選択をしてしまった。このまま2人で逃げ切れる保証なんて、どこにもない。地球ならまだ可能性はあるが、ここはスペースコロニー。逃げ切れる確率は、ほぼゼロに近い。オルフェ自身の体内に位置情報を示す機器が内蔵されていれば、今すぐにでも2人まとめて処分される可能性が充分ある。だが、オルフェはそんなことを一切考えず、ただ彼女の手を離さないことを気にしていた。
なぜこのような行動を取ったのか、オルフェ自身分かっていない。アンドロイドとして生まれたオルフェにとって、あまりに非合理的な行動だ。自分が処分される可能性が大きいにも拘わらず、なぜ彼女を知っていると思ったのか、このことをはっきりさせたいという衝動に駆られていた。
オルフェは後ろを振り返り彼女を見た。噎せ返るような空気の中を走り回ったせいなのか、目立たないものの近くで見ると黒のワンピースが汚れているのが確認できて、ヒールも少し欠けていた。彼女は下を向きながら、オルフェに話しかけた。
「……なぜ助けたの?」
オルフェはこの問いに、すぐには答えられなかった。自分でもどうして助けたのか分からないため、何と言ったら良いのか判断に一瞬迷ったのだ。
「わたしを殺すことが命令だったのでしょ?それなのに、どうして……」
「なぜ助けたのか、よく分からない」
「……」
「ただ、今はっきりしていることは、こうしている間にも、僕たちを殺そうとする連中がやって来ることだ」
「……」
「ねぇ、君の名前は?」
「エレン……」
「僕はオルフェ。よろしく、エレン」
オルフェに自分の名前を呼ばれると、エレンは顔を上げた。そして、真っ直ぐオルフェの瞳を見つめた。表情の変化の少ない2体のアンドロイドが見つめ合う様子が、とても奇妙に感じられるが、この時もしかしたら彼らなりに真剣だったのかもしれない。
オルフェはエレンの手を離すと、エレンのほうに身体を向けて右手を出して、握手を交わした。これに応えるように、エレンもきれいな細長い手に力を込めた。
「そろそろ別の場所へ移動しよう。いずれ、ここにも追手がやって来るだろうから」
「そうね。その前に、この靴捨てるわ。このままだと足手纏いになりそうだから」
エレンは婦人靴を脱いで、その辺に放り投げた後、再びオルフェのほうを向いた。
「さぁ、早く行きましょ」
オルフェが頷くと、今度はエレンが右手でオルフェの左手を優しく握った。この時オルフェには、エレンが楽しそうに笑っているように見えた。そして、まるで恋人同士が手を繋いで寄り添うように、暗く淀んだ道を歩き始める。こうして見ると、彼らが幸せそうに見える。しかしその背後には、国家警察とは別の暗い影が迫っていた。
オルフェとエレンの逃避行が始まってから時間が経たないうちに、ウェズルニックの下へと情報が入った。長官室の中の自分のデスクの上で、部下からの報告を一部始終聞いた。報告が終わると、机の上に肘を付けて手を組んだ。そして、一瞬狂気を感じさせる笑みを浮かべた。
「フフフッ、まさか愛の逃避行とはね。それで、GPSで位置情報は掴んだのか?」
「そのことなのですが……ちょうどオルフェがガイノイドを連れて逃亡した頃に、全てのGPS衛星が機能を停止しました。恐らく、何者かの手によって破壊されたものと思われます」
この情報にウェズルニックは戸惑う様子を全く見せない。予想の範囲内といった表情をしていた。
「もしかしたら、例の秘密結社の仕業かもしれん。可能性としては充分考えられる。特殊工作部隊に情報を集めさせろ。そして、諜報部はオルフェの捜索を続けろ」
「分かりました。では、私も任務に戻ります」
「あぁ、頼むよ。それにしても、オルフェの身体にあらかじめ爆弾を仕込んでおけば、今すぐにでも遠隔操作で処分できるのだが……とは言っても、最近動きを見せ始めている某秘密結社のような連中に、逆にテロとして利用されることも充分考えられる。政府関係者の中に紛れ込んでいる可能性もあるからな。スパイから少しでも細工されていれば、一発でドカンだ。こっちが爆発に巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだ。そういうことも考えられるということで、爆弾をボディー内部に設置する案は通らなかったわけだが、今この現状を考えると、やはり仕込んでおいたほうが良かったみたいだな。まぁそれでも、今まで我が国ではアンドロイドが表社会に存在することは一度もなかったわけだし、関係のある事件も一度も起きなかった。まさか自分が長官の座についている時に、こんな面倒な事件が起こるとは、全くやってくれるよ」
「同感です」
ウェズルニックは立ち上がってネクタイを締め直すと、退室しようとする部下にこう言った。
「技術部の連中を中心に取り調べをやれ。ネズミが潜り込んだせいで、こうなったのかもしれん。それともう1つ。動くごみを早く始末しろ」
オルフェは無謀な選択をしてしまった。このまま2人で逃げ切れる保証なんて、どこにもない。地球ならまだ可能性はあるが、ここはスペースコロニー。逃げ切れる確率は、ほぼゼロに近い。オルフェ自身の体内に位置情報を示す機器が内蔵されていれば、今すぐにでも2人まとめて処分される可能性が充分ある。だが、オルフェはそんなことを一切考えず、ただ彼女の手を離さないことを気にしていた。
なぜこのような行動を取ったのか、オルフェ自身分かっていない。アンドロイドとして生まれたオルフェにとって、あまりに非合理的な行動だ。自分が処分される可能性が大きいにも拘わらず、なぜ彼女を知っていると思ったのか、このことをはっきりさせたいという衝動に駆られていた。
オルフェは後ろを振り返り彼女を見た。噎せ返るような空気の中を走り回ったせいなのか、目立たないものの近くで見ると黒のワンピースが汚れているのが確認できて、ヒールも少し欠けていた。彼女は下を向きながら、オルフェに話しかけた。
「……なぜ助けたの?」
オルフェはこの問いに、すぐには答えられなかった。自分でもどうして助けたのか分からないため、何と言ったら良いのか判断に一瞬迷ったのだ。
「わたしを殺すことが命令だったのでしょ?それなのに、どうして……」
「なぜ助けたのか、よく分からない」
「……」
「ただ、今はっきりしていることは、こうしている間にも、僕たちを殺そうとする連中がやって来ることだ」
「……」
「ねぇ、君の名前は?」
「エレン……」
「僕はオルフェ。よろしく、エレン」
オルフェに自分の名前を呼ばれると、エレンは顔を上げた。そして、真っ直ぐオルフェの瞳を見つめた。表情の変化の少ない2体のアンドロイドが見つめ合う様子が、とても奇妙に感じられるが、この時もしかしたら彼らなりに真剣だったのかもしれない。
オルフェはエレンの手を離すと、エレンのほうに身体を向けて右手を出して、握手を交わした。これに応えるように、エレンもきれいな細長い手に力を込めた。
「そろそろ別の場所へ移動しよう。いずれ、ここにも追手がやって来るだろうから」
「そうね。その前に、この靴捨てるわ。このままだと足手纏いになりそうだから」
エレンは婦人靴を脱いで、その辺に放り投げた後、再びオルフェのほうを向いた。
「さぁ、早く行きましょ」
オルフェが頷くと、今度はエレンが右手でオルフェの左手を優しく握った。この時オルフェには、エレンが楽しそうに笑っているように見えた。そして、まるで恋人同士が手を繋いで寄り添うように、暗く淀んだ道を歩き始める。こうして見ると、彼らが幸せそうに見える。しかしその背後には、国家警察とは別の暗い影が迫っていた。
オルフェとエレンの逃避行が始まってから時間が経たないうちに、ウェズルニックの下へと情報が入った。長官室の中の自分のデスクの上で、部下からの報告を一部始終聞いた。報告が終わると、机の上に肘を付けて手を組んだ。そして、一瞬狂気を感じさせる笑みを浮かべた。
「フフフッ、まさか愛の逃避行とはね。それで、GPSで位置情報は掴んだのか?」
「そのことなのですが……ちょうどオルフェがガイノイドを連れて逃亡した頃に、全てのGPS衛星が機能を停止しました。恐らく、何者かの手によって破壊されたものと思われます」
この情報にウェズルニックは戸惑う様子を全く見せない。予想の範囲内といった表情をしていた。
「もしかしたら、例の秘密結社の仕業かもしれん。可能性としては充分考えられる。特殊工作部隊に情報を集めさせろ。そして、諜報部はオルフェの捜索を続けろ」
「分かりました。では、私も任務に戻ります」
「あぁ、頼むよ。それにしても、オルフェの身体にあらかじめ爆弾を仕込んでおけば、今すぐにでも遠隔操作で処分できるのだが……とは言っても、最近動きを見せ始めている某秘密結社のような連中に、逆にテロとして利用されることも充分考えられる。政府関係者の中に紛れ込んでいる可能性もあるからな。スパイから少しでも細工されていれば、一発でドカンだ。こっちが爆発に巻き込まれるなんて、まっぴらごめんだ。そういうことも考えられるということで、爆弾をボディー内部に設置する案は通らなかったわけだが、今この現状を考えると、やはり仕込んでおいたほうが良かったみたいだな。まぁそれでも、今まで我が国ではアンドロイドが表社会に存在することは一度もなかったわけだし、関係のある事件も一度も起きなかった。まさか自分が長官の座についている時に、こんな面倒な事件が起こるとは、全くやってくれるよ」
「同感です」
ウェズルニックは立ち上がってネクタイを締め直すと、退室しようとする部下にこう言った。
「技術部の連中を中心に取り調べをやれ。ネズミが潜り込んだせいで、こうなったのかもしれん。それともう1つ。動くごみを早く始末しろ」