オルフェは殺さなければならない相手が目の前にいるにも拘わらず、銃を手に持つこともなく、相手の様子を窺っていた。初めて出会ったはずなのに、なぜか本能的に彼女を知っている。そんな奇妙な感覚に囚われたせいなのか、呆然としていた。
彼女のほうもオルフェと同じ青く濁った瞳で、こちらの様子を窺っているようだった。しかし困惑した様子は一切なくて、どこか嬉しい気持ちを押し隠している感じで、微笑んでいるように見えた。
今2体の機械人形が対峙しているこの光景が、とても感動的なものに見える。表情の乏しかったマリオネットが楽園を訪れ、運命の相手と出会えたようなこの感動シーンを、銀幕を通して読者全員の脳裏に焼き付ける。しかしこの劇も、物語にはよくある悪役によって、不吉な影を見せ始めていた。
突然、どこから銃声の音が鳴った。彼女が左の方角に目を向けた時、その瞳には屋根の上から自分に銃を向ける黒スーツの若い男の姿が映った。
「オルフェ、ここまでご苦労だった」
オルフェは身体を彼女の方向へ向けたままだったが、目線だけ右に動かした。50メートル以上の距離があったが、男が白人であること、紫とピンクの混じったレジメンタルタイを付けていることまで、外見のことならある程度詳細に確認できた。少しくせのある黒のミディアムヘアーの持ち主であるこの男の顔立ちはなかなか整っているが、どこかエリートを気取っているような鼻につく印象を与える。
「監視役か?」
「長官の命令だ。おまえが与えられた任務を、ちゃんと全うしたのか確認するためのな。さぁ、後はそいつを始末するだけだ」
監視役の男はこう言うと、オルフェに銃口を向けた。オルフェに向けられたこの宇宙銃は、政府が極秘に開発しているある化学物質を中に仕込んでいる特別な銃弾を装填できるように作られている。見た目は普通の拳銃と大して変わらないが、銃弾に強い衝撃が加わり変形した瞬間、化学反応を起こして強力な威力を発揮する。まともに喰らえば、アンドロイドであっても致命傷となりかねない代物だ。
オルフェは男から視線を逸らすと、真っ直ぐ彼女を見つめる。彼女を殺すことが任務だということは、当然理解している。それと彼女を殺さないと、自分自身も不良品として処分されてしまうことも。しかし、再び彼女と目が合った瞬間、彼女が自分にとって一体何者なのかという疑問が湧き出てきた。このことによって、なぜだか彼女を知っているように感じている自分自身が一体何者なのかという、漠然とした疑問が脳裏を掠めた。そう、この時初めて知りたいという願望を持ったのだ。
監視役の男はオルフェがなかなか殺そうとする素振りを見せないので、痺れを切らし始める。
「どうした?早く始末しろ……もしかして、殺すことをためらってるのか?フフフッ、まさかな。人間でないおまえが情けを感じる心があるとはね。ただの機械人形のくせに、人の真似をするとは……人間様を舐めるなよ、オルフェ」
男はきれいな二重瞼を細めて、先ほどよりも冷酷な顔つきへと変わった。
「ほら、早く殺せ!殺さないと、おまえも始末されることは分かってるよな。いや、スクラップって言うほうが良かったのかな。ハハハハハッ!」
男は不気味な笑みを浮かべると、銃を握る手に力を入れた。しかし、オルフェは真っ直ぐ彼女の方向を向いたまま、銃を抜いて構える素振りを見せない。
オルフェは迷っていた。ただ任務を全うする道具として生きてきた今までと、ついさっき生まれた感情が芽生え始めた今の自分との間で、大きく揺れている。自分が本当にやるべきことは何なのか、初めての大きな選択に酷く戸惑っていた。
男はオルフェを蔑んで嘲笑うと、あることを口にした。
「オルフェ、おまえが工場地帯で会った老人、チェスターって言ったっけ、おまえがあのテントを出たすぐ後に、国家反逆罪として逮捕した。もう、刑の執行も済ませてある。ぐずぐずしているおまえと違ってな。命令を守らなければ、おまえもこうなる」
男は後ろを振り返ると、何かを引き摺ってきた。そこには拷問を受けて息絶えたチェスターの姿があった。外傷が少ないのがせめてもの幸いといったところで、ぴくりとも動かないその亡骸、それだけで充分残酷だ。
オルフェは顔を男のいる方向へと向けた。しかし、その視線は男ではなくて、チェスターに焦点を合わせた。オルフェの瞳は、怒りとも悲しみとも取れない、屈折した輝きを放っていた。
「……子どもはどうした?」
「子ども?」
「チェスターと一緒にいた子どもだ」
「あぁ、あのガキか。一緒に仲良くあの世へと送ってやろうと思ってたんだがな、この爺さんが上手く逃がしたせいで、取り逃してしまった。まぁ、ここは衛星国家だ。どうせ逃げられない。後でゆっくりと探し出して始末するだけさ。だからまずは、そこにいる機械人形からだ」
オルフェは男のいる方向から、彼女の方向へと視線を移した。お互い見つめ合ったまま動かない。それからというもの、一刻ほどの時間が経過したように思えた。しかし、実際はほんの刹那だ。
男の手に力が入り、銃弾が発射されようとしていた。オルフェはその動きを察知して、素早く腰に下げている銃に手で触れる。そして、男と同じ宇宙銃ではなくて、旧式のオートマチックを右手で取り出して、素早く銃弾を放つ。オルフェの撃った銃弾は、男の銃に命中して弾け飛んだ。
男が怯んだ隙に、オルフェは彼女の下へと走り出す。そして、左手で彼女の右手を握った。彼女の手に触れた時、オルフェの脳裏に夢のような映像が浮かんだ。それは実験室のような部屋の真ん中にある手術台の上に、オルフェと彼女が手を繋いで寝ている光景だった。オルフェはこの光景を胸の中に秘めながら、入ってきた方向とは反対の出口へと全速力で駆け抜けた。
彼女のほうもオルフェと同じ青く濁った瞳で、こちらの様子を窺っているようだった。しかし困惑した様子は一切なくて、どこか嬉しい気持ちを押し隠している感じで、微笑んでいるように見えた。
今2体の機械人形が対峙しているこの光景が、とても感動的なものに見える。表情の乏しかったマリオネットが楽園を訪れ、運命の相手と出会えたようなこの感動シーンを、銀幕を通して読者全員の脳裏に焼き付ける。しかしこの劇も、物語にはよくある悪役によって、不吉な影を見せ始めていた。
突然、どこから銃声の音が鳴った。彼女が左の方角に目を向けた時、その瞳には屋根の上から自分に銃を向ける黒スーツの若い男の姿が映った。
「オルフェ、ここまでご苦労だった」
オルフェは身体を彼女の方向へ向けたままだったが、目線だけ右に動かした。50メートル以上の距離があったが、男が白人であること、紫とピンクの混じったレジメンタルタイを付けていることまで、外見のことならある程度詳細に確認できた。少しくせのある黒のミディアムヘアーの持ち主であるこの男の顔立ちはなかなか整っているが、どこかエリートを気取っているような鼻につく印象を与える。
「監視役か?」
「長官の命令だ。おまえが与えられた任務を、ちゃんと全うしたのか確認するためのな。さぁ、後はそいつを始末するだけだ」
監視役の男はこう言うと、オルフェに銃口を向けた。オルフェに向けられたこの宇宙銃は、政府が極秘に開発しているある化学物質を中に仕込んでいる特別な銃弾を装填できるように作られている。見た目は普通の拳銃と大して変わらないが、銃弾に強い衝撃が加わり変形した瞬間、化学反応を起こして強力な威力を発揮する。まともに喰らえば、アンドロイドであっても致命傷となりかねない代物だ。
オルフェは男から視線を逸らすと、真っ直ぐ彼女を見つめる。彼女を殺すことが任務だということは、当然理解している。それと彼女を殺さないと、自分自身も不良品として処分されてしまうことも。しかし、再び彼女と目が合った瞬間、彼女が自分にとって一体何者なのかという疑問が湧き出てきた。このことによって、なぜだか彼女を知っているように感じている自分自身が一体何者なのかという、漠然とした疑問が脳裏を掠めた。そう、この時初めて知りたいという願望を持ったのだ。
監視役の男はオルフェがなかなか殺そうとする素振りを見せないので、痺れを切らし始める。
「どうした?早く始末しろ……もしかして、殺すことをためらってるのか?フフフッ、まさかな。人間でないおまえが情けを感じる心があるとはね。ただの機械人形のくせに、人の真似をするとは……人間様を舐めるなよ、オルフェ」
男はきれいな二重瞼を細めて、先ほどよりも冷酷な顔つきへと変わった。
「ほら、早く殺せ!殺さないと、おまえも始末されることは分かってるよな。いや、スクラップって言うほうが良かったのかな。ハハハハハッ!」
男は不気味な笑みを浮かべると、銃を握る手に力を入れた。しかし、オルフェは真っ直ぐ彼女の方向を向いたまま、銃を抜いて構える素振りを見せない。
オルフェは迷っていた。ただ任務を全うする道具として生きてきた今までと、ついさっき生まれた感情が芽生え始めた今の自分との間で、大きく揺れている。自分が本当にやるべきことは何なのか、初めての大きな選択に酷く戸惑っていた。
男はオルフェを蔑んで嘲笑うと、あることを口にした。
「オルフェ、おまえが工場地帯で会った老人、チェスターって言ったっけ、おまえがあのテントを出たすぐ後に、国家反逆罪として逮捕した。もう、刑の執行も済ませてある。ぐずぐずしているおまえと違ってな。命令を守らなければ、おまえもこうなる」
男は後ろを振り返ると、何かを引き摺ってきた。そこには拷問を受けて息絶えたチェスターの姿があった。外傷が少ないのがせめてもの幸いといったところで、ぴくりとも動かないその亡骸、それだけで充分残酷だ。
オルフェは顔を男のいる方向へと向けた。しかし、その視線は男ではなくて、チェスターに焦点を合わせた。オルフェの瞳は、怒りとも悲しみとも取れない、屈折した輝きを放っていた。
「……子どもはどうした?」
「子ども?」
「チェスターと一緒にいた子どもだ」
「あぁ、あのガキか。一緒に仲良くあの世へと送ってやろうと思ってたんだがな、この爺さんが上手く逃がしたせいで、取り逃してしまった。まぁ、ここは衛星国家だ。どうせ逃げられない。後でゆっくりと探し出して始末するだけさ。だからまずは、そこにいる機械人形からだ」
オルフェは男のいる方向から、彼女の方向へと視線を移した。お互い見つめ合ったまま動かない。それからというもの、一刻ほどの時間が経過したように思えた。しかし、実際はほんの刹那だ。
男の手に力が入り、銃弾が発射されようとしていた。オルフェはその動きを察知して、素早く腰に下げている銃に手で触れる。そして、男と同じ宇宙銃ではなくて、旧式のオートマチックを右手で取り出して、素早く銃弾を放つ。オルフェの撃った銃弾は、男の銃に命中して弾け飛んだ。
男が怯んだ隙に、オルフェは彼女の下へと走り出す。そして、左手で彼女の右手を握った。彼女の手に触れた時、オルフェの脳裏に夢のような映像が浮かんだ。それは実験室のような部屋の真ん中にある手術台の上に、オルフェと彼女が手を繋いで寝ている光景だった。オルフェはこの光景を胸の中に秘めながら、入ってきた方向とは反対の出口へと全速力で駆け抜けた。