志貴はさっきまで愛玲がいた岬から、海を眺めている。ゆっくりと日が昇っていく様子が目に入る。その様子を見ながら、この1件で死んだ人たちの顔が蘇る。敵味方を問わず、多くの人の犠牲の上でしか成り立たない自分の人生に悲しみを抱くも、決して表情に出すことはなかった。感情的にならず、涙を流すこともない。いろいろな人との出来事が頭のなかで蘇ってくるなか、志貴は最後に言われた愛玲の問いが耳に残る。闇の世界の中、どうやって自分の信念を貫き通していくのか。いろいろな出来事が頭の中をうねりながら、心の闇となり志貴の首を締め付ける。
 そう、怨念は決して消えることがない。悪業もそうだ。殺した数だけ闇が募り、それが悪霊となって姿を現す。実体のない無数の手が志貴の首を探し求め、殺そうとする。志貴は人を殺した時から覚悟していた。この苦しみが死ぬまで続くことを。しかし、まだどこかこの世に未練があるのか。この世とあの世の境を行ったり来たりしている状態になっていた。志貴は本能的に抵抗するのだが、心の闇がどんどん首を力強く締め付けていく。
 しかし志貴の心の中の小さな光が、志貴の手を掴み心の闇を振りほどいた。この瞬間、志貴は沙代を思い出す。「一緒に罪を背負うから」あの言葉を思い出すだけで、志貴は前を向いていられるような気がした。
 志貴は後ろを振り返り、みんなの下へと帰っていく。志貴は桜の蕾が次々と開いていく帰り道の中、報告書の文章を考えていた。誰にも見せることのない、自分のための報告書を。