その日の夜、珍しく広太くんから電話があった。

「わぁ、久しぶり。どうしたの?」

 お風呂上がり、自分の部屋で濡れた髪をタオルで拭いている。

「……。最近、直央と勉強してんの?」

「うん」

「そっか……」

 本当なら「一緒にどう?」とか社交辞令でも誘うのが正解なんだろうけど、そこでもし「やる」って言われちゃったら、カノジョも一緒についてきそうだから言えない。

スマホの向こうで、ガサゴソという衣ずれが聞こえる。

「広太くんも寝てんの?」

「うん。ベッド」

「あ、私も」

 ゴソゴソと、自分のお気に入りの体勢を整える。

「なにしてんの?」

「ん? いや、別に……」

 ごそごそ、ごそごそ。

「あ、もういいよ。大丈夫」

「だから何がだよ……」

 そんなこと言われても、私から特に話すことはない。

スマホはすっかり静かになった。

「今日さ……」

「うん」

「……。なんで手ぇ振ったの?」

「は? それはこっちのセリフでしょ、最初に振ってきたのそっちだったし」

「そうだっけ」

「そうだよ」

 だってカノジョも手を振ってきたから……。

ちょっとイラッとしたし。

「いつも誰待ってんの?」

「は?」

「だって待ってるでしょ。あ、千香ちゃん?」

「なんの勉強してたの? 今日」

「え? 日本史」

「もしかして小テスト?」

「そう」

 ヤだな。

あんまりここから深入りしてほしくない。

「俺も勉強しないとヤバいな」

「はは。そうだね」

 今日の、直央くんとの会話を思い出す。

どうしてこんなにも、何もかもが上手くいかないんだろう。

自分が可愛くないのは分かってる。

だから努力してる。

必死に話しかけてるし、わずかな可能性だけにすがりついてる。

気分はもう限界に近いのに、何一つ自分の思い通りにはならない。

「……。なんか、さ……」

「うん」

 広太くんの低い声が、耳に響く。

「私ね、直央くんが好きなの」

 そうやって打ち明けてしまえば、急に何もかもが軽くなって、思ってもみなかった涙が流れてくる。

「な、なんかさ、1年の時から気になってて……。だけど話しかけられなくて……。グスッ……。ちょっと頑張ってみたんだけど……。なかなかさぁ~……」

 こんなこと、広太くんに話してもしょうがないのにな。

「泣いてんの? なんで?」

「分かんない。涙が出てきた」

 それからしばらく、私は何にも話せなくなって、しばらくグズグズ泣いていて、それでも広太くんは電話を切らずにいてくれた。

「……。ゴメンね」

「なにが?」

「変な電話に、付き合わせちゃって」

「……。別にいいよ」

 彼の口からため息が漏れる。

「で、明日も一緒に勉強すんの?」

「多分……」

「それでもやるんだ」

「だってやめたくない……」

「あっそ。じゃあもう好きにしろよ」

「うん」

 すぐに切られると思った通話は、すぐには切れなかった。

なんとなくこっちから切るのも申し訳ない気がして、もうしばらく待つ。

「……。切るよ」

「おう。さっさと切れ」

「……。じゃ、おやすみ……」

「おやすみ」

 私から電話を切った。

ベッドに潜り込む。

朝起きたら、顔が腫れてるかな? 

そしたら、駅で直央くんの出待ち出来ないな。

明日はやめとこうかなぁ……なんて、そんなことを考えていたら、いつの間にか眠っていた。