ここの角を曲がれば理科室だ、という所まで差し掛かったとき、また後ろから強い衝撃を感じた。さっきよりも強く、理科の用意を遠くまで飛ばしてしまった上、自分自身も派手に転んでしまった。その拍子に顎でも打ったのか、口から激痛が走った。
「おいおい無視すんなよぉ。俺らはお前みたいな何もない奴と仲良く遊んでやってんだぞぉ?ありがとうの一言ぐらい無いのかよ」
 そんな真っ赤な嘘を耳だけで聞き取ると、今度はこめかみ辺りからすごい重みが加わった。踏まれているんだとすぐに分かった。
「ほらぁ。ありがとうは?加藤さんありがとう、って言えよぉ」
 上から感じる加藤の足が、僕の頭をぐりぐりとする。痛い。
「早く言いなさいよ。この意地っ張り」
 今度は相良の足が僕の太もも辺りを踏み付けた。痛い。
「ほらほらぁ。授業始まっちゃうよぉ?」
 仕方がなく、口を開いて心にも無い言葉を言おうとしたその時、

 お前ら何してる!

 理科教師の棚元がこの現場を目撃したらしく、大声を張り上げて僕ら、正確には加藤達に怒鳴った。
「お前ら、人を踏みつけにして何が楽しいんだ!」
「あぁ違いますよ、これは…」
「何が違うんだ!」
 安達がこの状況を抜け出そうと説明を試みたが、それはかえって棚元の怒りを膨張させる引き金となってしまったようだ。四人とも、黙り込んでしまった。
 少し間が空き、棚元が口を開いて、
「加藤、田村、安達、相良。お前ら今から説教してやる。菜那森は保健室に行きなさい」
「はい……」
 僕は軽くなった頭を上げて保健室に向かおうとしたが、頭が痛い。きっと踏まれたせいだ。
「大丈夫か?菜那森…?」
「大丈夫です」
 僕は無愛想に返事をして、まだクラクラする頭を抱えて保健室に急いだ。

「…はい。これで大丈夫。あなた、顎も切ってたから一応絆創膏貼っといたよ」
「すみません…ありがとうございます…」
「最近あなたよく来るね。クラスで何かあった?」
「いえ何も」
 素っ気なく答えたつもりだったが、保健室の先生・有馬はまだ怪しげに僕の顔を覗き込んでいた。
「…そう、ならいいんだけど。まだ頭痛い?」
「あ、はい…まだ行けそうに無いです…」
「分かった。担任の先生に伝えとくね。何年何組?」
「一の四です。名前は菜那森蓮です」
「菜那森さんね。分かった」
 そう言って、有馬は保健室から去った。誰もいなくなった保健室のベットに一人、寝転がった。
 ベットから眺める校庭からは、小学生の体育がよく見える。小中高一貫の特権だった(小さい子が好きとか、そういうわけでは無いが)。この光景を眺めていると、まだ無邪気で陽気だった自分の小学生時代を思い出す。
 その頃は友達も十分にいて、毎日が楽しくて、学校が大好きだった。その中でも取り分け仲が良かったのが、雨宮という女の子だった。仲が良すぎて、カップルとも間違えられたこともあったな。
 僕が中学生になるタイミングでこの島に来たから今、どうしているかは分からない。元気で純粋だったから、きっと友達も多いんだろうな。僕のことは、もう忘れてしまったかな。
 そう思うと、何だかうるっときてしまった。
「ほんとにカップルだったら、今頃どうだったのかな…」
 自分でも信じられないような発言だった。こんな僕からこんなロマンチックな言葉が出るなんて、我ながらびっくりだった。
 何故だか、複雑な気持ちになってしまった。
「菜那森くん?どうした?泣いてんの?」
「わっ」
 いきなり上から声をかけられて、思わず声を発してしまった。有馬だった。泣いてるのを見られた。穴があったら入りたい気分になった。
「先生には伝えといたけど、早退とかしたりする?」
「あ、えっと…」
「無理だけはしないでね?ちゃんと休みな」
「あ、じゃあ……帰ります…」
「オッケー。これも伝えとくね」
「荷物とかって…」
「持ってこれる?それとも持ってこよっか?」
 帰るとは言ったが、荷物を持ってこさせるのは流石に悪いと思い、荷物は自分で持っていくことにした。まだ頭は痛いが。
「大丈夫です。自分で持ってきます」
「そ?無理しないでね」