地下迷宮――第五層。
 反魔術結社ミストラルの隠れ家として機能しているこの地下迷宮は、全五階層の構造になっている。
 第一層が魔獣層、第二層が防衛層、第三層が居住層、第四層が貯蔵層、そして第五層が研究層だ。
 洞窟のような岩肌に覆われた大部屋に、多くの作業机と本棚、魔道具製作に用いる道具の数々が置かれている。
 研究所らしい雰囲気が漂っている場所ではあるが、その中で異彩を放っているものも一つだけあった。
 それは、部屋の端に並べられている大小様々な“鉄の檻”。
 その中には多種多様な魔獣たちが閉じ込められており、これも魔道具研究に必要な素材の一つだった。

「グガァ! グガガァ!!!」

「キィキィ!!!」

「オゴゴォォォ!」

 そのため研究層は常に喧騒に包まれており、その中で研究者たちは騒音に悩まされている。
 それでもテキパキと手を動かしながら、一つの魔道具の調整を進めていた。
 響かせる音色によって魔獣たちに様々な命令を聞かせることができる魔道具――『終焉の魔笛』。

「……待ち遠しいですね」

 作業机に齧りついて、ペンを走らせたり本をめくっている研究員たちを、傍で見守っている人物が一人。
 灰色の長髪に、感情を感じさせない灰色の虚な目。
 血の気の薄い青白い肌と、白を基調とした大きなドレス。
 幽霊のような見た目をしていて、不気味な雰囲気を醸し出している彼女の名前は――アリメント・アリュメット。
 反魔術結社ミストラルの現在の“頭領”である。
 とてもそのようには見えない柔和な笑みを浮かべている彼女は、魔道具の完成を今か今かと待ち侘びていた。

「アリメント様、魔笛の調整がもう間もなく終了いたします」

 そんなアリメントに、研究員の男性が報告にやって来る。
 彼女はそれを受けて、彼を労うように優しい言葉を掛けた。

「本当にお疲れ様です。これでようやく魔術国家の体制を崩すことができます。そしてミストラルの考えこそが正しいと世界に証明することができるのです」

 次いでアリメントは、今度は研究員たちに向けて声を掛けるように、辺りを見渡しながら続けた。

「さあ、もうひと踏ん張りです。皆様、最後まで何卒よろしくお願いいたします」

 その時――
 突然、一人のミストラル構成員が、慌てた様子で研究層に下りて来た。

「アリメント様!」

「……?」

 その女性構成員はアリメントの前まで駆け足で来ると、息を切らしながら咳き込む。

「あらあら、いかがいたしましたか? とても慌てたご様子で。ゆっくりでいいですから、まずは息を整えてください」

「す、すみません、アリメント様……!」

 女性構成員は言われた通り、おもむろに深呼吸を繰り返し、息を整えてから改めて言った。

「国家魔術師の連中が攻めて来ました!」

 瞬間、研究員たちの間にどよめきが生まれる。
 彼らにとって国家魔術師たちは天敵と言える存在なので、各々が緊張感を迸らせていた。
 一方でアリメントは、柔和な顔に手を添えて、困ったように眉を寄せている。

「それは困りましたね。『終焉の魔笛』はまだ完成していないというのに」

 慌てる研究員たちと違い、アリメントは余裕がありそうに見える。
 しかし面倒な事態ということは事実で、彼女は『うーん』と考え込むように声を漏らしていた。
 その時――

「私にお任せください、アリメント様」

 研究層の片隅に立っていた一人の“赤髪少女”が、アリメントの前で膝を突いてそう言う。

「まあ、あなたが出てくれるのですか? それはとても心強いのですが、一緒に魔笛の完成を見届けなくてもよろしいのですか?」

「魅力的なお話ではございますが、優先すべきはアリメント様のお体と魔笛の完成です。私たちの妨げになる国家魔術師たちは、私が必ず討ち倒して参ります」

「ふふ、とてもいい子ですね」

 アリメントは跪く少女の赤髪を優しく撫でて、耳元でゆっくりと囁いた。

「では、よろしくお願いいたします。あなたのその力、存分に国家魔術師たちに見せつけて来てください」

「はい」

 赤髪の少女は立ち上がり、すぐに上層へと向かって行く。
 その背中を見届けながら、アリメントは静かにほくそ笑んだ。

「本当に、みんないい子ね」

 彼女は再び研究員たちの方に目を向けて、魔笛の調整が終わるのを笑顔で待ち続けた。