雨が降り出した。
まるで、火によって温められた船を天が冷やしてくれるかのようだ。
……などと悠長なことは言っていられなかった。
「たっ、助けてくれ……! 水が! 水が!」
「マストが倒れるぞ!」
「ママァー! 独身で死ぬの嫌だよぉ!」
悲鳴と怒号が響き渡る。
マリアロンドさんやミレットさん、そしてクラーケンが暴れ回り船を痛めつけたダメージが蓄積し、もはや沈没寸前だ。さあてどうするかと思ったあたりで、船長室の扉が叩き壊された。
パニックになった人が押しかけてきたのだろうかと警戒するが、どうやら見知った顔であった。
「おいタクト! どうなったんだ!」
「ち、沈没するの!? どうなの!?」
ツルギくんとカガミさんの兄妹だ。
まあ結局パニックになった乗客という意味では変わらないのだが。
「二人が教えてくれた通り、案の定反乱が起きました。船長が魔獣を召喚して対抗しようとしましたが、ミレットさんとマリアロンドさんが撃退しました。船が壊れそうなのはその影響です。船内の状況は?」
「この状況で落ち着いてるお前が怖い」
「性分なもので」
ツルギくんがなぜか僕にドン引きしている。
慌てたって仕方ないのに、まったく。
「ええと……よくわからない。みんな喧嘩を始めたと思ったら、船長が船を沈めるとか何とか言い出して船員もパニックになった。部屋に隠れてるやつもいるし、まだ殴り合ってるやつもいる。船を修復しようとしてるやつもいないわけじゃないが、手の施しようがないって感じだ」
ふむ、とても優れた情報収集能力だ。
最初に出会った時も感じたが、二人共、妙に耳が良い。おそらくなんらかのスキルを持っているのだろう。聴覚や視覚を強化するスキルは、普通の魔法などよりはレアだが、軍隊や騎士団に一人くらいはいるものだ。
とはいえ、その推理が正しいとすれば奴隷の身となった二人の生命線だ。無理に暴こうとは思うまい。
「うん、素晴らしいですね。花丸あげます」
「はなま……? そ、それよりもどうするんだよ!」
「まずは船の修繕ですね。うまくいくといいんですが……エーデル、手伝ってもらえますか?」
「めぇ!」
僕は懐から、愛用の毛刈り用のハサミを取り出す。
一本一本使っている暇はない。百本、二百本の毛が必要だ。
「【錬金術師:錬金】」
そして毛を束ねて錬金術にかける。
より細長く、数十メートル分の長さへと変化させると同時に、引っ張られても千切れることのない強靭さを与えた。エーデルの黄金の糸は、繊維状のものであればあらゆる性質を持つことができる。盾代わりにすることも、カッターのように使うのもその力の片鱗にすぎない。
「撥水と粘着力を与えて、先端を針のように尖らせて……そらっ!」
まずは船長室の穴を縫い合わせるように塞ぐ。
「ほう……器用だな」
マリアロンドさんが賛嘆の声をあげた。
「のんびりしている暇はありませんよ。ツルギくん、カガミさん、故障箇所に案内してください。それとミレットさんとマリアロンドさんは混乱してる乗客を取りまとめてくれますか。船底にいる人や故障してる場所の近くにいる人はとにかく船の上層に連れていって」
二人共、流石に戦闘が終わっても鉄火場が続いていることは察したのだろう。
僕の言葉に、ミレットさんとマリアロンドさんは逡巡することなくうなずいた。
こうしておんぼろの船と共に、再び航海が始まった。