「ここで『マヌルネコ』を動かして『チーター』を取ります」

「はっはっは! 引っかかったな! ここに『マヌルネコ』がいるんだよ! 五手で詰みだ!」

 船内の通路の隅で、水夫が得意げに駒を動かした。

 これは僕が考案した盤上(ばんじょう)遊戯(ゆうぎ)、『茶虎盤(ちゃとらばん)』である。イエネコ、マヌルネコ、チーター、ヒョウ、ライオンの五種類の駒を動かして、相手のトラを奪うというもので、つまりは日本にすでに存在している「将棋の簡易版」を更にパクったものであった。

 盤上のマス目は五かける五。シンプルで一回のゲームにかかる時間も短く、空いた時間にやるにはもってこいだった。

「仕方ない。どうぞ、僕の負け分です」

「へへへ、すまねえな」

 そう言って僕は銅貨を何枚か差し出した。

 手加減して負けてやった、と言いたいところだが普通に負けた。相手が意外と強かったというのもあるが、純粋に僕は将棋がヘタクソだ。一種の接待のようなものなので、これで構わない。実際にこっちが弱くないと相手を褒めるにしても嘘くささが出てしまう。

「んで船長も女好きで困っちまう。こっちは我慢してるっつーのによぉ」

「……もしかして、誰か連れ込んでるんですか?」

「あの傭兵の女を口説いてんだよ。部屋に誘うのに成功したらしいぜ」

「傭兵? どちらの?」

「マントつけてる方だよ」

 そこから僕は雑談を続けた。彼は噂話(うわさばなし)好きらしく、こちらが想定する以上にぺらぺらと情報を流してくれる。相槌を打ちながら魔法で飲み水を出したり、お土産に茶虎盤そのものをあげると彼はたいそう喜んでいた。

「じゃ、また遊ぼうぜ。何か困ったことがあれば言えよ」

「ええ。お仕事頑張ってください」

 情報を仕入れたところでにこやかに別れを告げた。

 これは僕が転生前、地球にいた時の特技だ。

 もちろんこの世界のスキルなどという不思議なものではない。営業の極意(ごくい)と言ってもよい。見ず知らずの相手に話しかけて友達になることは、商売をする上で、そして危ない場所を旅する上で、何よりも必須の技術と言える。あと純粋に楽しい。

「しかし、聞き捨てならないことを聞きましたね……」

 マントを着た傭兵の女とはミレットさんのことだ。

 反乱を計画する人間が、強欲な船長とピュアな恋愛をしているはずもなかった。