兄の名はツルギくん。その妹はカガミさんと言うらしい。
水とパン、そして乾燥ナツメヤシを差し出したら、最初こそ逡巡していたが勢いよく食べ始めた。
乾燥ナツメヤシ。あるいはデーツとも呼ばれる。
見た目は黒ずんだドライトマト、あるいは大きくした干しぶどうといった感じだが、酸味はほぼない。黒糖や干し柿に例えられる濃厚な甘さが特徴だ。日本の甘味が恋しい僕としても大好物である。
また栄養価も非常に高く、船で過酷な労働を強いられてる奴隷にとって、奪い合いになる程度には貴重なデザートと言える。
それを二人は、奪い合いをすることもなく仲良く分け合っている。特に兄が妹を気遣っているのがよく分かる。悪い子でもなさそうなのに、どうしてこんな短慮をしたんだか。
「……へ、変なやつだな、お前は。名前以外に聞くことがあるだろう。なんで飯なんかくれるんだよ」
「変なのはお互い様です。いきなり奪うことを考える人間がいるならばいきなり与える人間がいてもおかしくはないでしょう」
僕はそう言いながら、デーツの種を砕いて粉にしたものをエーデルに与えていた。
エーデルはこれが好物だ。デーツそのものは甘みが強すぎて苦手らしい。リンゴみたいに酸味と歯ごたえがあるものの方がエーデルの好みであった。
「そ、そうか……? そうかも……」
ツルギくんとカガミさんはそんな僕を見て、困惑しながらも何となくうなずいていた。
いや明らかにおかしいんだけど。
少なくとも与える側には何のメリットもないんだから裏を読んでほしい。しかしこんな冗談レベルの話に騙されそうになっているのを見ると、こっちが不安になるな。
「で、でもやっぱり変だよお前。なんで腕を自由にさせるんだよ」
カガミさんは兄より勝ち気な性格なようで、鋭い目で睨みつける。
「別に反撃したいならどうぞお好きに。どうとでもなりますから」
「なんだと!」
カガミさんはいきりたって立ち上がろうとして、バランスを崩してずっこけた。
あ、この子もあほの子枠だ。
「くっ、小癪な……!」
「いいから、まず座って水でも飲みなさい」
カガミさんは不承不承といった様子で従った。もう少し緊張をほぐそうと思ったが、この分ならあまり凝った嘘もつくまいと思い、さっさと本題に切り込むことにした。
「で、何でこんなことをしたんですか。金か、食料? あるいはそもそも密航者だったりするんですか?」
「……自由だ」
「じゃ、奴隷仲間ですか。よろしく」
「お、おお」
ツルギくんとカガミさんに握手をする。
二人とも奇妙な顔をしながら応じた。
「自由が欲しい気持ちもわかりますが、ここで暴挙に出るのは早計です。相手の実力もわからないし、船の警護をしている連中にも見つかるかもしれません」
「う、うまくいくと思ったのよ。低級の治癒しか使えないって言ってたし、弱そうだなって」
「それに、見回りはそんなに熱心じゃない」
なるほど。どうやら、先程の甲板での雑談を盗み聞きしていたようだ。
他の船員の行動もそれなりに把握しているのだろう。情報収集能力が高い割に軽率だな。
「しかしその後はどうするつもりだったんですか。僕を捕まえても身代金なんて誰も出しませんよ。むしろあなたの衣食住全て困ることになるでしょう」
「一か月なんて悠長なこと言ってられない」
カガミさんが、ぽつりと呟いた。
「ばか、カガミ。言うな」
「だって兄ちゃん」
「ん? どういうことです?」
僕の問いかけに、ツルギくんもカガミさんも気まずい顔をした。
「そ、それは、ただじゃ言えない」
「そうだそうだ、兄ちゃんが掴んだ情報なんだ」
「逆に言えば金や報酬を払えば話してくれるということですね」
「ま、まあ、そうだな」
「ではいくらですか? それとも金銭以外が欲しい?」
情報の対価の見積りなんて相場もなにもない。利益を得たいと思いつつもいくらが適正なのかなど彼らには分かるまい。僕だってわからない。なのでちょっと意地悪してあえて尋ねた。
「え、ええと……」
「言い方を変えましょうか。きみたち二人もおそらくは困難に直面しており、どうにもならない。だから僕になにかをさせようとしていた」
ツルギくんとカガミさんが、おずおずとうなずく。
「そこで二つ提案があります」
「二つ?」
ツルギくんが聞き返した。
「一つ、ここであったこと全てなかったことにする」
僕はそう言って指を弾く。
すると、二人の足の拘束が外れた。錬金スキルで糸を弱くしただけなのだが、不思議なスキルを使ったと思ったのだろう。こういう演出がしたかっただけです。
「い、いいのか」
「いいも何も、きみたちはこんな暴挙をせざるをえない危機があるのでしょう。船の警備に突き出そうが突き出すまいが、あんまり結果は変わらないのでは?」
ツルギくんとカガミさんは、悔しげに俯いた。
「もう一つって、なんだ」
「和睦しましょう」