早々に決着がついた。

 フォートレスタートルの上で、潮風を浴びながら全員が勝利の余韻に浸っている。

 ……という風に、油断してはいけない。

「タクト。てめえ、勝ったつもりか? ああ?」

 額に銃を突きつけられたまま、ウィーズリー王子がガンを飛ばしてきた。

「いや、まさか。ここからが本番なのはわかっています。撃て」

 ミレットさんとマリアロンドさん、そして彼女らの部下が全員発砲した。

 至近距離から数十発の弾丸を受け、ウィーズリー王子は絶命したかに思えた。

 が、決して倒れることなくその場に立っている。

「いってえだろうがこのアマ!」

「えっ……!?」

 一番近くで撃った兵の銃をむんずと掴み、もぎ取った。

 それを鈍器のように振り回す。

 兵の頭がかち割られそうになった瞬間、マリアロンドさんが割り込む。

「ぐっ……これが【魔獣兵】の力か……聞いてはいたが体験するのとではまったく違うな……!」

 クラス【魔獣兵】。

 それは【テイマー】とは違った形で魔獣の力を借りるクラスだ。魔獣を喰いつづけてその魔力を我がものとする力を持っている。

 これを【テイマー】と両立するのは難しい。

 普通、魔獣を食う人間に魔獣は懐きにくい。特に同族となる魔獣を食べたら非常にまずい。僕はエーデルと同じ羊や羊種の魔獣は食わないし食う気もない。

 【魔獣兵】になるための鍛錬、つまり魔獣食いをすればするほど、【テイマー】の資質は失われてしまう。構造的に難しいのだ。

「フォートレスタートルの力……いや、違う! 全員離れて!」

 だが、何事にも例外はある。

 たとえば【魔獣兵】としての力を得るための食事の内容が、テイムしてる方の魔獣の好物であるとか。

「カニです……! ギロチンクラブの力を借りているわけですね!」

 ギロチンクラブ。

 それは人間の首を簡単に切り落とすことができる凶悪なカニである。

 鋭利なハサミと鋼鉄よりも硬い甲殻を持っており、また魔法にも強い耐性を持つ。

 レヴィアタンの歯でも噛み砕けないほどで、だが一方で対抗手段がないわけではない。魔法を直接ぶつけることなく、周囲の海水温を沸騰するほどまで上げて茹で殺すとか、弱点の腹の一点に高威力の精密射撃を放つとか。ともあれ人間であれば幾つか工夫の余地はある。難しいことには違いないが。

 つまりウィーズリーは、レヴィアタンさえ手こずるギロチンクラブを倒してレヴィアタンと分けて食べ合い、そして【魔獣兵】に目覚めるという苦行を乗り越えたのだ。

「行くぞオラ!」

「無茶をしないで! 距離を取ってください!」

 ウィーズリー王子の腕がハサミに変質した。

 快刀乱麻を断つが如く、銃を切り裂き、掴み、仲間たちが打ち払われる。

 このままではものの数分で全滅もありうる。

 だがそれも、予測のうちだ。

【魔獣狩り】が、【銃鍛治師】の武器を操る。

 人間の知恵の決勝が、魔獣に負けることはない。

「いきますわよ! 【銃鍛冶師:ウェポンキャスト】 召喚武具を贄として捧げ、幻想武具を鋳造せよ!」

 ミレットさんが破壊されたマスケット銃を捧げて別の武器を作り出した。

 新たに現れたのは、大筒だ。

 両手で持てるサイズの小型の大砲であり、いかにも凶悪な形状をしている。

 それをマリアロンドさんが構え、ウィーズリー王子に狙いをつけている。

 ウィーズリー王子は警戒しつつも正面から向き合った。

「へっ、どんな砲台だろうがその程度で俺の甲殻を突破できると思うなよ! バリスタだろうが大砲だろうが、俺の甲羅は突破できやしねえ!」

「突破などせんよ。そんなことをしなくとも無力化できれば問題ない」

 マリアロンドさんが、不敵に微笑みながら引き金を引いた。

「ぐっ……な、何だこりゃ……!」

 意外にも音は軽かった。

 火薬の量は大したものではない。弾丸が開いて、中のものがウィーズリー王子の体に絡みつけば問題はない。

「一種のネットランチャーですね。弾丸がうまく作動して助かりましたよ。第二、第三のアイディアを出さずに済みました」

 ウィーズリー王子の体に絡みついたもの。それはエーデルの毛で作った網だ。ハサミや斬撃で決して千切れないよう、極端なまでに防刃性能(ぼうじんせいのう)に力を割り振っている。

 まあその分だけ熱や炎に弱い、というか耐熱性能など他の能力を犠牲にしているのだが、鎖などで捕縛(ほばく)するまでに気づかれなければ良い。

「せやっ! 喰らえっ!」

「傭兵働きは長いのですけど、捕り物は初めてですわね! 覚悟!」

 そしてマリアロンドさんとミレットさんが畳みかける。

 槍の石突きでウィーズリー王子の弱点……甲殻に狙われていない箇所を打ち据え、その間にミレットさんがウェポンキャストで取り出した鎖で更にウィーズリー王子を縛っていく。

 マリアロンドさんの槍は凄まじく精妙だ。

 ウィーズリー王子の弱点を狙いながらも決して糸を傷つけることはない。

 またその間を縫うように動くミレットさんは恐ろしく狡猾だ。相手の弱っている瞬間や腰が引けた瞬間を狙い、あっという間に鎖で身動きが取れなくなっていく。自慢のハサミを振るえるほどの可動域がない。

「くそくそくそッ……舐められてたまるかァ!」

「舐めていませんよ。恐ろしいからこうしているんです」

 完全にウィーズリー王子の動きを封じた。

 もはや趨勢(すうせい)は決まったかと思われた。

 だがその瞬間、驚くべきことが起きた。

「ずぇえええりゃあああああッ!」

「なっ……自分の腕を……?」

 ウィーズリー王子は、あえて自分の腕関節に網を引っかけて無理やり腕に食い込ませた。そしてウィーズリー王子の剛力は止まることなく腕を動かし、食い込んだ腕からぽたりぽたりと血が滴る。

 やがて網は、ウィーズリー王子の腕を切断するに至った。しかも両腕同時に切断したために、一気に網が緩んでいく。

「しまった! 自切したんです! すぐに生えてきます!」

「殺さずに捕らえようとするなんざあめえんだよ! 俺が海も王座も手に入れるんだ、こんなところで足踏みしてられるか……!」

 網から抜け出したウィーズリー王子が突進してきた。

 カメラの早回しのごとき不気味な速度で腕を生やし、ハサミの先端を僕の喉元に突き刺そうとする。

 これは死んだ。

 確実にそう思った。

「甘いのは貴様だ。そんな無茶をして消耗した体で勝てると思うなよ」

「まったくですわね」

 僕の動揺をよそに、マリアロンドさんも、ミレットさんも、瞬間的に動いていた。

「ソフトシェルクラブって美味しいらしいですわね」

 ミレットさんは再びマスケット銃を召喚しており、新たに生えた腕を的確に撃ち抜いていく。慌てていて気づかなかったが、生やしたばかりの腕がそんなに硬いはずもない。今までとは違って確実にダメージを与えられている。ついでに額にも銃弾を一発当てて、撃ち抜くことはできないまでもウィーズリー王子の突進力を完全に殺した。

「こんなものを喰うな。腹を壊すぞ」

 完全に勢いの止まったウィーズリー王子に、マリアロンドさんが槍の斬撃を何度も繰り出す。少しでも再生のそぶりを見せるとミレットさんが銃弾を放ち、そしてマリアロンドさんはその牽制を利用してウィーズリー王子にダメージを与えていく。

 どんなに警戒しても不屈の精神で立ち向かってきたウィーズリー王子が、ようやく消耗を見せ始めた。

「俺の野望を邪魔するな……! 国も、海も! 俺のもんだ……!」

 彼の体力、そして再生力はようやく底を見せ始めた。

 残るは、ウィーズリー王子自身の心からあふれ出す野望だけだ。

 それも今、ようやく終わろうとしている。

「夢ばかり語るな。堅実に生きろ」

 マリアロンドさんが、優しくウィーズリー王子の額に手を当てた。

「【魔獣狩り:(うろこ)(どお)し】」

 これは、甲殻(こうかく)や鎧に覆われた獣の体内に衝撃を与えるスキルだ。

 ウィーズリー王子の意識が刈り取られ、そして主人が失神したことを悟ったレヴィアタンも暴れまわることをやめた。

 (さと)い魔獣だ。暴れ続ければウィーズリー王子の命が危ういことを悟ったのだろう。

 こうして僕らは、薄氷の上を渡りながらも完璧な勝利を手にした。