こちら側の部隊が山の麓に展開している。
もはや草原は洗い流されてぬかるんだ湿地となっており、非常に集団行動がしづらい。だがそもそもそんなに数はいないし均整の取れた進軍をする訳でもない。
バルディエ銃士団とレーア族の戦士は今、三人と三人の六人編成での小隊を作っている。その六人小隊が二十セットと、更に僕、ミレットさん、マリアロンドさんの特殊小隊という構成だ。
どうしてもウィーズリー王子たちの数の有利には及ばない。だが、全員の顔に悲壮なものはまったく浮かんでいなかった。全員、勝つ気でいる。
「愚かなる兄ウィーズリー! こちらから二つ告げることがある! ひとーつ! ここは我々の土地であり、国である! たかだか小手調べで遊ばれたことの負け惜しみをよくも仰々しく言えたものだ! お前の有利な海でお前が負けるという子々孫々に渡る恥をかきたくなければ早々に立ち去るが良い! 今引けば命までは奪わない!」
僕もウィーズリー王子に負けじと声を張りあげた。
たまたまバルディエ銃士団に拡声のスキルを持った人がいて助かった。
マイクのように声を拡張させて敵方へ届けることができる。
「そしてもう一つは、レヴィアタンの弱点を僕はよく知っている、ということだ!」
「何だと!」
その言葉に、ウィーズリー王子たちに動揺が走った。
通常であれば一笑に付されるようなハッタリに聞こえることだろう。だが彼らの必勝の策、津波と嵐を徹底的に防いで、配下のクラーケンもすべて防いだ。僕の言葉はそれなりに説得力をもって伝わっただろう。
「それは圧力鍋だ!」
全員が、ぽかんとした顔をしたと思う。
ミレットさんもマリアロンドさんも、何言ってんのって感じで、ウィーズリー王子たちもおそらく同様だろう。
「皮は硬質な鱗と粘液に包まれ、身も弾力があって骨は鋼鉄のごとく。しかし圧力をかけてじっくり煮込んでしまえばいかようにでも食べることができる。身離れは良く、淡白で上品な味わいは真鯛を凌駕し、流石は大海原の王だと思わせる。こちらは舌なめずりをしてお前を待っているぞ! 戦勝の祝の鍋もすでに用意している! 同席したいなら申し出るが良い!」
だいたいギャグであり挑発であると伝わったようだ。
すべった感もあり、味方の一部の人間が失笑している。
そして敵方の方は、キレた。
ウィーズリー王子本人や騎士ではない。
レヴィアタン本人だ。
「きぇああああああああああああああああ!!」
びりびりと痺れるほどの咆哮が響き渡った。
てか咆哮を出せるのが不思議だ、海蛇のはずなのに。とはいえあそこまで巨大かつ高位の魔獣ともなれば人間の言葉も理解するだろうし、逆に何か意図のあるメッセージを放つこともできる。
「へっ、安い挑発に乗せられやがって。だが本気になったなら構わねえ! 喰らい尽くせ、レヴィアタン!!」
ウィーズリー王子の言葉と共に、レヴィアタンがその巨体に見合わぬ恐ろしい速度で迫ってきた。まるでカメラを早回ししているかのような特撮じみた光景が迫る。
「エーデル! 行きますよ! 【錬金術師:錬金】!」
「めぇ!」
エーデルが爆発した。
いや、正確には爆発的な勢いで毛を伸ばした。もっこもこでふわっふわの毛が左右と上に伸び、クッション状の壁を形成する。あえて弾力は残したまま、糸の一本一本を千切れないように硬質化させ、同時に滑らかで摩擦の少ない性質に変化させる。
「ぐっ……!」
「グウッ!?」
衝撃は殺しきれず、エーデル、そしてエーデルを支えていた僕はそのまま、ぽよんぽよんと弾き飛ばされる。だがレヴィアタンの突進は見事に逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいった。勢いが強すぎて自分でブレーキをかけられないのだ。
「こらっ! お前も弾き飛ばされることはないだろう!」
「ああ、助かりました」
マリアロンドさんが、バスケットボールのごとく吹き飛ばされる僕とエーデルをキャッチしてくれた。
「ともかく、防御は任せて攻撃をお願いします……【錬金術師:錬金】」
エーデルのクッション城壁は、振動でたわみはしたが千切れたり破られたりはしていない。依然として存在感を発揮している。そこに僕は〝窓〟を作った。
「構えッ! 撃てー!」
ミレットさんが即座に指揮をした。
クラス【魔獣狩り】によって強化された銃弾は、マスケット銃で放たれたとは思えないほどの威力でレヴィアタンに襲いかかる。
「きえあああああああああ!」
レヴィアタンが咆哮する。
ダメージは負っている。だが決して致命傷ではない。わずかな銃弾が鱗をすり抜けて皮膚を傷つけはしたが、骨に到達することはない。体の太さは三メートル以上あり、体長は五十メートル以上ある。あの体の大きさでは鉛の毒が体に回るというのも期待できないだろう。
「さて、それじゃ僕らも準備をしましょうか」