そして、時間は再び現在に戻る。

 陸の魔獣と海の魔獣の戦いは落ち着きを見せ始めていた。ほぼほぼ陸の魔獣……告死島の勝利と言える。だが、ある程度痛めつけたところで引き下がったようだ。

「おい待て! 逃げんじゃねえ!」

 騎士たちの罵声が聞こえる。【テイマー】に飼われて日が浅い魔獣や、さほど強い絆で結ばれていない魔獣が「こりゃあかんわ」とばかりに逃亡を始めたのだ。テイマーと魔獣は常に一心同体……という訳でもない。軽い契約であれば軽い理由で破られる。命を共にするほどの契約を結ぶのであれば、それ相応の力と対価が必要だ。人間を雇うのと変わらない。

 もはやウィーズリー王子の軍は半壊した。

 百匹いたクラーケンはほぼ潰走している。シーサーペントとデスシャークにも被害が出たようで、流石に逃げはしないものの立て直しに時間がかかっている。銃弾で撃たれた傷を癒やすため、フォートレスタートルを盾にして防御や回復の構えを見せている。

 このまま長期戦となれば勝てるだろう……が、肝心の戦力が見当たらない。

「おかしいですね。警戒を強めましょう」

 僕は山中の物見櫓からウィーズリー王子がいるはずのフォートレスタートルを見つめていた。

「何か心配事でもありますん?」

「見えないんですよ、一番警戒していたものが」

「と、言いますと……」

 僕が警戒しているのはウィーズリー王子の代名詞。

 海の荒くれ者たちさえも忌むべき海の恐怖の象徴。

 海を征く者に抗えない死をもたらす海蛇、レヴィアタン。

「ピギッ」

「ゴガアッ!」

 遠くの方から悲鳴が聞こえた。

 人間の声ではない。あえて何かに例えるならば、怪物の断末魔。

 その奇怪で不気味な声のする方に目を凝らせば、妙に長い何かが海から出て、美しい円弧を描きながら再び潜っていくのが見えた。

 何かが出るたびに、逃げる途中のクラーケンが食われていく。

「あ、あの……旦那はん、あれって……」

 珍しくフォルティエさんの声が震えている。

 気持ちはよく分かる。僕も肉眼で見るのは初めてだ。

 クラーケンさえも一口で齧り、絶命させるほどの巨大な魔獣が、悪辣な男の号令に従って襲いかかってくるのだ。恐怖を覚えない方がおかしい。

「来ましたね……あれこそがウィーズリー王子が契約した魔獣、海蛇レヴィアタンです」

 竜のような姿だが、あくまであれは海蛇の魔物である。

 とはいえ、下位の竜などは逆に食らってしまうほどに強力なので何の救いにもならないが。

「タクトぉ! てめえ、よくもやってくれたなぁ! だが、逃亡者が出たところで無駄だぜ。こいつの餌にしていいことになってるからな。次はお前らが餌になる番だ。俺を本気にさせたことを死ぬまで後悔しやがれ!」

 凄まじい蛮声が響き渡った。

 ウィーズリー王子がいる場所からは数キロ離れているのに届いている。おそらく声を拡張するためだけの魔道具かスキルを持っているのだ。まあ、相手をビビらせるのは戦争においては想像以上に有効な攻撃でもある。ウィーズリー王子はそこを本能的に理解しているのだろう。

「少年!」

「ちょっと王子様、呼ばれてましてよ。何か気の利いた言葉でも返して差し上げたら?」

 すると、マリアロンドさんとミレットさんが僕を呼びに来た。

 そろそろこの戦いも佳境だ。

「さて、それじゃちょっと行ってきます。ご指名のようですから。エーデル、行くよ」

「めえ!」

 エーデルもやる気十分である。

 平和を愛する魔獣ではあるが、自分たちの開拓した土地が荒らされたことに彼なりの怒りを覚えているようだ。

「か、帰ってきてくれへんと困りますよ。まだまだぎょうさん、頼みたいことあるさかい」

 フォルティエさんが心配してくれている。

「大丈夫、任せてください!」

 親指を立てて、僕は戦場へと向かった。