◆
話は、二週間前に遡る。
リーネ姉さんの伝書鳩の手紙が来た段階で、僕の頭の中には「どうやってウィーズリー王子に勝つか」という絵が描かれていた。
だがそれを達成するためには大きな困難があった。
一つは、テイマースキルではなく、和睦によってこの島の魔獣たちと一つの契約を交わすことだ。
なので、「津波が来て草原も森も被害が及びます」「一緒に侵略者をブッ倒しませんか」という話を、エーデルを通して魔獣たちに伝えてもらった。実はエーデルは魔獣として非常に格が高い。他の魔獣に何か命令や使役をできるような権力や権威を持っているわけではないが、エーデルが「とりあえず話を聞いてくれ」と訴えれば、門前払いすることもできないらしい。
ちなみにテイマー関係でもっとも格が高いのはリーネ姉さんの使役する聖鳥シルバークレインだ。シルバークレインは魔獣以外のそのへんのカラスや鳩でさえも言うことを聞く。よって姉さんは伝書鳩などの通信網を支配する大物フィクサーだったりする。
まあともかく、エーデルによって魔獣たちと話すことができたが、僕自身は交渉が成功するとはあまり思っていなかった。すでにレーア族やバルディエ銃士団は魔獣を狩ってその肉を食べて生活しているのだ。厚かましいお願いにもほどがある。せめて津波の原因は僕らじゃなくて海から攻めてくる人たちですよ、という話さえ理解してもらえるなら御の字だった……が、意外とすんなり話は通った。
魔獣は魔獣同士で戦い、食い、食われる関係にある。僕らがよそ者であるということに反感を示す獣も多かったらしいが、純粋に戦った結果として食ったり食われたりする分には文句も言えないらしい。魔獣たちは「負けた奴が悪い」というハードな世界観で生きている。そのかわり、魔獣の方も遠慮なく人間を襲うつもりのようでもある。平和主義の僕としては思うところもあるがそこは仕方ないだろう。
そして島の魔獣たちは、僕らという新入り移住者よりも、「海の魔獣がこの島に津波や嵐を呼び寄せて襲ってくる」ということに怒りを覚えた様子であった。
告死島の魔獣は、人間とはまた少し違ったナワバリ意識を持っている。海と陸だ。ただ餌を取るために一時的に境界を侵す分には問題にはならないが、群れや軍団が境界を侵して戦争まがいの行為を仕掛けるのはいろいろとまずいらしい。この島の最奥には〝島の主〟とも言うべき凶悪な魔獣がおり、一方でこの近海にも〝海の主〟とでも言うべき凶悪な魔獣がいる。彼らの逆鱗に触れてしまえば島も海も滅茶苦茶になるほどの魔獣同士の戦争が起きてしまうのだそうだ。
と、説明が長くなったが、魔獣には魔獣の理があり、海からやってくる敵には「かかってきやがれこの野郎!」というスタンスなのだ。海から来た敵を撃退するまで、人間と陸の魔獣は戦わないという条約も締結できた。山岳部に一時的に砦を作りたいという申し出もうまく行った。
残る課題は、バルディエ銃士団が武器を作り、レーア族がそれを使用する戦法を確立することだった。
僕は、マリアロンドさんとミレットさんとの打ち合わせ中に、とある話をした。
レアクラス【魔獣狩り】、そしてレアクラス【銃鍛冶師】の真の力について。
「……つまり、こう言いたいわけね。わたくしたちに、あの連中が使う武器を作れ、と」
「そういう訳です」
この二つは、あらゆるスキルを網羅していた古代王国においても最強格の組み合わせと伝えられている。少なくとも、今のこの大陸を支配しようとしている【テイマー】クラスをメタれるはずである。
【魔獣狩り】とはただの戦闘職ではなく、魔獣に対して効果を発揮するクラスだ。
強力なクラスではあるが無敵という訳でもなく、たとえば剣の腕前など、剣技を極めた剣士には至らない。マリアロンドさんが槍を得手としているのはあくまで槍士のクラスも持っているだけの話だ。
本来はあらゆる武器を使用して魔獣を追い詰める集団戦法による狩りこそがクラス魔獣狩りの真骨頂なのだ。ただ、この島において集団戦法をするために欠けているものがある。装備だ。
一方、ミレットさんのクラス【銃鍛冶師】とはその名の通り銃を作るクラスであり、銃を使うクラスではない。ミレットさんはたゆまぬ訓練によって【銃士】に目覚めただけだ。
もちろんそれで十分に強い。だが恐るべき魔獣の軍団を打ち払うには、より効果的な運用をしなければならない。相手はウィーズリー王子率いる最強の海の魔獣。わだかまりを捨てて全力で当たらなければならないと僕は思う。
「嫌ですわ」
ミレットさんは腕を組み、端的に答えた。
「ですよねー」
断る理由も分かる。
銃とはバルディエ銃士団の虎の子の武器だ。簡単に他人に譲ることができるならば傭兵団など組織せず、武器商人として活躍していたことだろう。ミレットさんには、ミレットさんの矜持がある。
「……と、言いたいところですが。いえ、その、今すぐ席とテーブルを蹴り倒して帰りたいところですけれども……!」
ミレットさんが頭を抱えて悩んでいる。
あ、こりゃ大丈夫なやつですね。
「マリアロンドさんはどうですか?」
「正直、こいつらの手を借りるなどごめんだとオレも言いたい。言いたいが……」
マリアロンドさんもまた、顎に手を当てて深く悩む。
全員が悩んでいる。それはつまり、全員の利害は一致しているが感情的に嫌だ、あるいは部下たちを納得させるに一押し足りない、そんなところだろう。
洗剤と野球観戦チケットつけたらうなずいてくれるかな。
「……ウィーズリー王子を倒すまで、でしてよ」
「はい」
「それと例の伝書鳩なんだけど、一回だけでいいから使わせなさい。母に近況を伝えたいの」
「……わかりました。姉と交渉します。伝書鳩とは別の形になるかもしれませんが」
「海の魔獣って鹵獲できるかしら」
「難しいとは思いますが、チャレンジしてみます」
幾つかミレットさんが条件を出していく。
難しいものもあるが、何とかクリアできるだろう。
「それと最後に、指輪が欲しいですわね」
「はい、指輪……指輪!?」
男が女に指輪を贈る。
それは不思議と、地球の文化とこちらの文化で共通するニュアンスを持つ。
つまりはプロポーズである。
「ええ。薬指が寂しくて。おしゃれする暇もありませんわ」
ミレットさんがそう言って自分の薬指を撫でる。その婀娜っぽい仕草から放たれる色気は、何とも重苦しい打ち合わせの空気を一変させようとしてマリアロンドさんから怒られた。
「馬鹿者! 真面目に話をしろ!」
「あら。わたくしは極めて真面目でしてよ? 命をかけた戦いに赴く前に婚約をすることをふざけてると思うのなら、世界中の戦士や兵士を嘲笑することになるわよ? 浪漫のなさもここに極まれり、と言ったところかしら」
「ぐぬぬ……!」
そして完全に言い負かされた。
確かにこれは、至極真面目なお話だ。切り出し方がちょっとアレだっただけで。
「……で、そちらはどうなさるの? ああ、特に条件がないならないで全然構わないのだけど。むしろその方が良いのだけど」
「あるに決まっているだろう!」
そして怒ったマリアロンドさんが条件を並べる。
大体はミレットさんが出したものと似通っていた。
一度でいいから外部と連絡を取れる状態にしたい。その他、生活物資の支援や便宜。
「で……少年。もちろん私にくれるのだろうな」
「ええ。愛を込めて、この世界に一つだけのものを用意しますよ」
島を防衛するという何とも無骨な会議で、僕の結婚という話に発展してしまった。
しかも、こちらから婚約を申し出たのではなく、言わせてしまった。自分のふがいなさが身に染みる。
だがだからこそ僕は決意した。
「共に戦い、勝利しましょう。もしもの時は二人と一緒に死にます。命を預けます。ですけど、そうはさせません」
「期待してるわ、王子様」
「少年。きみに勝利を与えよう」
話は、二週間前に遡る。
リーネ姉さんの伝書鳩の手紙が来た段階で、僕の頭の中には「どうやってウィーズリー王子に勝つか」という絵が描かれていた。
だがそれを達成するためには大きな困難があった。
一つは、テイマースキルではなく、和睦によってこの島の魔獣たちと一つの契約を交わすことだ。
なので、「津波が来て草原も森も被害が及びます」「一緒に侵略者をブッ倒しませんか」という話を、エーデルを通して魔獣たちに伝えてもらった。実はエーデルは魔獣として非常に格が高い。他の魔獣に何か命令や使役をできるような権力や権威を持っているわけではないが、エーデルが「とりあえず話を聞いてくれ」と訴えれば、門前払いすることもできないらしい。
ちなみにテイマー関係でもっとも格が高いのはリーネ姉さんの使役する聖鳥シルバークレインだ。シルバークレインは魔獣以外のそのへんのカラスや鳩でさえも言うことを聞く。よって姉さんは伝書鳩などの通信網を支配する大物フィクサーだったりする。
まあともかく、エーデルによって魔獣たちと話すことができたが、僕自身は交渉が成功するとはあまり思っていなかった。すでにレーア族やバルディエ銃士団は魔獣を狩ってその肉を食べて生活しているのだ。厚かましいお願いにもほどがある。せめて津波の原因は僕らじゃなくて海から攻めてくる人たちですよ、という話さえ理解してもらえるなら御の字だった……が、意外とすんなり話は通った。
魔獣は魔獣同士で戦い、食い、食われる関係にある。僕らがよそ者であるということに反感を示す獣も多かったらしいが、純粋に戦った結果として食ったり食われたりする分には文句も言えないらしい。魔獣たちは「負けた奴が悪い」というハードな世界観で生きている。そのかわり、魔獣の方も遠慮なく人間を襲うつもりのようでもある。平和主義の僕としては思うところもあるがそこは仕方ないだろう。
そして島の魔獣たちは、僕らという新入り移住者よりも、「海の魔獣がこの島に津波や嵐を呼び寄せて襲ってくる」ということに怒りを覚えた様子であった。
告死島の魔獣は、人間とはまた少し違ったナワバリ意識を持っている。海と陸だ。ただ餌を取るために一時的に境界を侵す分には問題にはならないが、群れや軍団が境界を侵して戦争まがいの行為を仕掛けるのはいろいろとまずいらしい。この島の最奥には〝島の主〟とも言うべき凶悪な魔獣がおり、一方でこの近海にも〝海の主〟とでも言うべき凶悪な魔獣がいる。彼らの逆鱗に触れてしまえば島も海も滅茶苦茶になるほどの魔獣同士の戦争が起きてしまうのだそうだ。
と、説明が長くなったが、魔獣には魔獣の理があり、海からやってくる敵には「かかってきやがれこの野郎!」というスタンスなのだ。海から来た敵を撃退するまで、人間と陸の魔獣は戦わないという条約も締結できた。山岳部に一時的に砦を作りたいという申し出もうまく行った。
残る課題は、バルディエ銃士団が武器を作り、レーア族がそれを使用する戦法を確立することだった。
僕は、マリアロンドさんとミレットさんとの打ち合わせ中に、とある話をした。
レアクラス【魔獣狩り】、そしてレアクラス【銃鍛冶師】の真の力について。
「……つまり、こう言いたいわけね。わたくしたちに、あの連中が使う武器を作れ、と」
「そういう訳です」
この二つは、あらゆるスキルを網羅していた古代王国においても最強格の組み合わせと伝えられている。少なくとも、今のこの大陸を支配しようとしている【テイマー】クラスをメタれるはずである。
【魔獣狩り】とはただの戦闘職ではなく、魔獣に対して効果を発揮するクラスだ。
強力なクラスではあるが無敵という訳でもなく、たとえば剣の腕前など、剣技を極めた剣士には至らない。マリアロンドさんが槍を得手としているのはあくまで槍士のクラスも持っているだけの話だ。
本来はあらゆる武器を使用して魔獣を追い詰める集団戦法による狩りこそがクラス魔獣狩りの真骨頂なのだ。ただ、この島において集団戦法をするために欠けているものがある。装備だ。
一方、ミレットさんのクラス【銃鍛冶師】とはその名の通り銃を作るクラスであり、銃を使うクラスではない。ミレットさんはたゆまぬ訓練によって【銃士】に目覚めただけだ。
もちろんそれで十分に強い。だが恐るべき魔獣の軍団を打ち払うには、より効果的な運用をしなければならない。相手はウィーズリー王子率いる最強の海の魔獣。わだかまりを捨てて全力で当たらなければならないと僕は思う。
「嫌ですわ」
ミレットさんは腕を組み、端的に答えた。
「ですよねー」
断る理由も分かる。
銃とはバルディエ銃士団の虎の子の武器だ。簡単に他人に譲ることができるならば傭兵団など組織せず、武器商人として活躍していたことだろう。ミレットさんには、ミレットさんの矜持がある。
「……と、言いたいところですが。いえ、その、今すぐ席とテーブルを蹴り倒して帰りたいところですけれども……!」
ミレットさんが頭を抱えて悩んでいる。
あ、こりゃ大丈夫なやつですね。
「マリアロンドさんはどうですか?」
「正直、こいつらの手を借りるなどごめんだとオレも言いたい。言いたいが……」
マリアロンドさんもまた、顎に手を当てて深く悩む。
全員が悩んでいる。それはつまり、全員の利害は一致しているが感情的に嫌だ、あるいは部下たちを納得させるに一押し足りない、そんなところだろう。
洗剤と野球観戦チケットつけたらうなずいてくれるかな。
「……ウィーズリー王子を倒すまで、でしてよ」
「はい」
「それと例の伝書鳩なんだけど、一回だけでいいから使わせなさい。母に近況を伝えたいの」
「……わかりました。姉と交渉します。伝書鳩とは別の形になるかもしれませんが」
「海の魔獣って鹵獲できるかしら」
「難しいとは思いますが、チャレンジしてみます」
幾つかミレットさんが条件を出していく。
難しいものもあるが、何とかクリアできるだろう。
「それと最後に、指輪が欲しいですわね」
「はい、指輪……指輪!?」
男が女に指輪を贈る。
それは不思議と、地球の文化とこちらの文化で共通するニュアンスを持つ。
つまりはプロポーズである。
「ええ。薬指が寂しくて。おしゃれする暇もありませんわ」
ミレットさんがそう言って自分の薬指を撫でる。その婀娜っぽい仕草から放たれる色気は、何とも重苦しい打ち合わせの空気を一変させようとしてマリアロンドさんから怒られた。
「馬鹿者! 真面目に話をしろ!」
「あら。わたくしは極めて真面目でしてよ? 命をかけた戦いに赴く前に婚約をすることをふざけてると思うのなら、世界中の戦士や兵士を嘲笑することになるわよ? 浪漫のなさもここに極まれり、と言ったところかしら」
「ぐぬぬ……!」
そして完全に言い負かされた。
確かにこれは、至極真面目なお話だ。切り出し方がちょっとアレだっただけで。
「……で、そちらはどうなさるの? ああ、特に条件がないならないで全然構わないのだけど。むしろその方が良いのだけど」
「あるに決まっているだろう!」
そして怒ったマリアロンドさんが条件を並べる。
大体はミレットさんが出したものと似通っていた。
一度でいいから外部と連絡を取れる状態にしたい。その他、生活物資の支援や便宜。
「で……少年。もちろん私にくれるのだろうな」
「ええ。愛を込めて、この世界に一つだけのものを用意しますよ」
島を防衛するという何とも無骨な会議で、僕の結婚という話に発展してしまった。
しかも、こちらから婚約を申し出たのではなく、言わせてしまった。自分のふがいなさが身に染みる。
だがだからこそ僕は決意した。
「共に戦い、勝利しましょう。もしもの時は二人と一緒に死にます。命を預けます。ですけど、そうはさせません」
「期待してるわ、王子様」
「少年。きみに勝利を与えよう」