◆
暴風。
高波。
豪雨。
ウィーズリー王子の必勝の策に打ち勝った者は誰一人としていない。
それはただ単に環境を利用しているだけではない。ウィーズリー王子はテイマースキルを持つ部下たちを完全に掌握し、そして部下のテイマーを通して海の魔獣たちに一糸乱れぬ行動をさせるという確かな実力に裏打ちされたものだからだ。
今、告死島の近海に、百匹のクラーケンが集合している。それ以外にも、一時的な飛行を可能として陸上生物からも恐れられる大鮫、デスシャークが十匹。絶対の防御力を誇る巨大亀、フォートレスタートルが五匹。テイマー以外の千の兵も、魔獣に牽引された船の上に控えている。魔獣の強力さを考えれば、一都市どころか一国に戦争を仕掛けることのできる凶悪な布陣である。
今、ウィーズリー王子はフォートレスタートルの甲羅の上に築いた陣地の椅子にかけ、油断なく告死島を睨みつけていた。
「そろそろ攻めるか」
「戦争になるほどの戦力が残ってるとも思えやせんが。あのおしゃべりの腑抜け、タクト王子でしょう?」
「かろうじて戦えるのはレーア族とバルディエ銃士団だけって話ですぜ。クラーケン一匹倒すのに苦労する程度の腕前じゃ、恐れるこたぁねえでしょう」
「銃とかいう珍妙な武器を使ってるようじゃたかが知れてますぜ」
「レーア族も槍を突くばっかりで能なしって話だ」
側近たちが嘲笑する。
だがそれにウィーズリー王子は鉄拳と叱責を与えた。
「馬鹿野郎! 相手を舐めてかかるんじゃねえ!」
「へ、へいっ! すいやせん!」
「腑抜けかもしれねえが隠し玉は持ってるかもしれねえ。あのレーア族とバルディエ銃士団もいる。いいか、遊ぼうと思うんじゃねえ。本気でやれ。野郎ども! 進軍開始だ!」
ウィーズリー王子の声が海原に響き渡り、兵士たちもそれに応えるように蛮声を上げた。
海の魔獣たちが大地を蹂躙すべく海を征く。
津波と豪雨によって浜辺は完全に水没しており、平原であった場所には大きな川が生まれ、わずかに残った大地も湿地と化している。水分が充満し、クラーケンやデスシャーク、フォートレスタートルが告死島を蹂躙する……かに見えた。
「グロロロロロ……!」
「ゴアアアー!!」
その時、島の奥の方から思いもよらぬ咆哮が鳴り響いた。
木をなぎ倒し、土煙を上げ、怒涛の勢いで何かが近づいてくる。
「なっ……キングオックスだと……!」
「イビルプラントの群れだ! どうなってやがる!?」
「くそっ、応戦しろ!」
島の内部から湧き出た魔獣が、次々と海の魔獣に襲いかかってくる。
「もしかして、島の魔獣を刺激しちまったんじゃ……。告死島の魔獣はやたら強いって噂ですし……」
「馬鹿野郎! 今までこんなことはなかっただろうが! 大体、魔獣の巣や住処ごと流したならこっちに反撃する余裕なんざあるはずねえだろう!」
「あっ」
ウィーズリー王子の言葉に、側近がすぐに我に返った。
側近が冷静に考えをまとめる前に、ウィーズリー王子がすぐに予測を立て始める。
「……そう。事前に魔獣を手懐けて避難させた奴がいるんだ。そうでもねえと考えられねえ」
「し、しかし、テイマースキルじゃそう何匹も使役できるもんじゃありやせんぜ」
「からくりはどうでもいい。とにかく陸の魔獣ごときに負けてんじゃねえ。前線を立て直すぞ」
「へいっ!」
ウィーズリー王子が冷静に指示を飛ばす。
そもそもウィーズリー王子はこの島に長居する気はなかった。目標を達成したらすぐさま帰投するつもりだったのだ。
この作戦は電撃的に勝利を挙げることに意味がある。最初に魔獣どもの魔力を大胆に消費させて、上陸してからの攻撃の時間を短くすることこそ肝心であった。力を出し惜しみして長期戦にもつれ込んだ時、補給の限られているウィーズリー王子側が不利になりかねない。
だが、上陸してから三十分ほど経ったが、未だに作戦目標を達成できていない。魔獣同士の戦いに膠着状態が訪れた。
「まさか、読んでやがったのか……? 攻めてくることだけじゃねえ。こっちの情報が」
そう思った瞬間のことだった。
雷鳴のような音と光が、戦場に響き渡った。
「何だ!?」
ウィーズリー王子が、その音の発生源を探す。
だがそれよりも先に異変が起きた。
クラーケンが、その大きな蛸型の魔物の頭部が、大きな穴を開けられていた。
そして中の墨袋や体液をこぼしながら、どうと倒れる。
おそらくは魔法か何かの遠距離攻撃。
しかし誰もがその正体を掴めずにいた。
「くそっ、あれだけの威力の攻撃だ! 連発はできねえ……」
「第二射、撃てー!」
ウィーズリー王子の期待を裏切るように、凛とした声が響き渡った。
そして今度こそウィーズリー王子は、その音の発生源を突き止めた。
海の魔獣たちが密集する場所から数キロ離れた先にある山間の森。
木々で隠蔽した砦と、砲台が築かれていた。
そこには、今まででは決してありえない光景があった。
レーア族の戦士たちが、バルディエ銃士団によって用意された銃や砲を構えている。
決して手を取り合うことのなかった傭兵団が緻密に連携し、凄まじい火力を生み出している。
ウィーズリー王子の目に映る距離ではなかった。だがそれこそが魔獣たちが倒される原因であると天性の勘で察知し、猛烈な敵意をもって睨みつける。
「あそこだ! てめえら、無様にうろたえてんじゃねえ! 敵を倒すぞ!」
「し、しかし王子! 火力が激しすぎます! 突っ込めません!」
「亀を前に出せ! 他の魔獣は後ろから続け! 白兵戦に持ち込め!」
ウィーズリー王子が叫ぶ。
決して恐れず果敢に立ち向かうウィーズリー王子は強く、しかし、間違っていた。
天候を操るというもっとも強力な作戦が破れた時点で、ウィーズリー王子は去るべきであった。
暴風。
高波。
豪雨。
ウィーズリー王子の必勝の策に打ち勝った者は誰一人としていない。
それはただ単に環境を利用しているだけではない。ウィーズリー王子はテイマースキルを持つ部下たちを完全に掌握し、そして部下のテイマーを通して海の魔獣たちに一糸乱れぬ行動をさせるという確かな実力に裏打ちされたものだからだ。
今、告死島の近海に、百匹のクラーケンが集合している。それ以外にも、一時的な飛行を可能として陸上生物からも恐れられる大鮫、デスシャークが十匹。絶対の防御力を誇る巨大亀、フォートレスタートルが五匹。テイマー以外の千の兵も、魔獣に牽引された船の上に控えている。魔獣の強力さを考えれば、一都市どころか一国に戦争を仕掛けることのできる凶悪な布陣である。
今、ウィーズリー王子はフォートレスタートルの甲羅の上に築いた陣地の椅子にかけ、油断なく告死島を睨みつけていた。
「そろそろ攻めるか」
「戦争になるほどの戦力が残ってるとも思えやせんが。あのおしゃべりの腑抜け、タクト王子でしょう?」
「かろうじて戦えるのはレーア族とバルディエ銃士団だけって話ですぜ。クラーケン一匹倒すのに苦労する程度の腕前じゃ、恐れるこたぁねえでしょう」
「銃とかいう珍妙な武器を使ってるようじゃたかが知れてますぜ」
「レーア族も槍を突くばっかりで能なしって話だ」
側近たちが嘲笑する。
だがそれにウィーズリー王子は鉄拳と叱責を与えた。
「馬鹿野郎! 相手を舐めてかかるんじゃねえ!」
「へ、へいっ! すいやせん!」
「腑抜けかもしれねえが隠し玉は持ってるかもしれねえ。あのレーア族とバルディエ銃士団もいる。いいか、遊ぼうと思うんじゃねえ。本気でやれ。野郎ども! 進軍開始だ!」
ウィーズリー王子の声が海原に響き渡り、兵士たちもそれに応えるように蛮声を上げた。
海の魔獣たちが大地を蹂躙すべく海を征く。
津波と豪雨によって浜辺は完全に水没しており、平原であった場所には大きな川が生まれ、わずかに残った大地も湿地と化している。水分が充満し、クラーケンやデスシャーク、フォートレスタートルが告死島を蹂躙する……かに見えた。
「グロロロロロ……!」
「ゴアアアー!!」
その時、島の奥の方から思いもよらぬ咆哮が鳴り響いた。
木をなぎ倒し、土煙を上げ、怒涛の勢いで何かが近づいてくる。
「なっ……キングオックスだと……!」
「イビルプラントの群れだ! どうなってやがる!?」
「くそっ、応戦しろ!」
島の内部から湧き出た魔獣が、次々と海の魔獣に襲いかかってくる。
「もしかして、島の魔獣を刺激しちまったんじゃ……。告死島の魔獣はやたら強いって噂ですし……」
「馬鹿野郎! 今までこんなことはなかっただろうが! 大体、魔獣の巣や住処ごと流したならこっちに反撃する余裕なんざあるはずねえだろう!」
「あっ」
ウィーズリー王子の言葉に、側近がすぐに我に返った。
側近が冷静に考えをまとめる前に、ウィーズリー王子がすぐに予測を立て始める。
「……そう。事前に魔獣を手懐けて避難させた奴がいるんだ。そうでもねえと考えられねえ」
「し、しかし、テイマースキルじゃそう何匹も使役できるもんじゃありやせんぜ」
「からくりはどうでもいい。とにかく陸の魔獣ごときに負けてんじゃねえ。前線を立て直すぞ」
「へいっ!」
ウィーズリー王子が冷静に指示を飛ばす。
そもそもウィーズリー王子はこの島に長居する気はなかった。目標を達成したらすぐさま帰投するつもりだったのだ。
この作戦は電撃的に勝利を挙げることに意味がある。最初に魔獣どもの魔力を大胆に消費させて、上陸してからの攻撃の時間を短くすることこそ肝心であった。力を出し惜しみして長期戦にもつれ込んだ時、補給の限られているウィーズリー王子側が不利になりかねない。
だが、上陸してから三十分ほど経ったが、未だに作戦目標を達成できていない。魔獣同士の戦いに膠着状態が訪れた。
「まさか、読んでやがったのか……? 攻めてくることだけじゃねえ。こっちの情報が」
そう思った瞬間のことだった。
雷鳴のような音と光が、戦場に響き渡った。
「何だ!?」
ウィーズリー王子が、その音の発生源を探す。
だがそれよりも先に異変が起きた。
クラーケンが、その大きな蛸型の魔物の頭部が、大きな穴を開けられていた。
そして中の墨袋や体液をこぼしながら、どうと倒れる。
おそらくは魔法か何かの遠距離攻撃。
しかし誰もがその正体を掴めずにいた。
「くそっ、あれだけの威力の攻撃だ! 連発はできねえ……」
「第二射、撃てー!」
ウィーズリー王子の期待を裏切るように、凛とした声が響き渡った。
そして今度こそウィーズリー王子は、その音の発生源を突き止めた。
海の魔獣たちが密集する場所から数キロ離れた先にある山間の森。
木々で隠蔽した砦と、砲台が築かれていた。
そこには、今まででは決してありえない光景があった。
レーア族の戦士たちが、バルディエ銃士団によって用意された銃や砲を構えている。
決して手を取り合うことのなかった傭兵団が緻密に連携し、凄まじい火力を生み出している。
ウィーズリー王子の目に映る距離ではなかった。だがそれこそが魔獣たちが倒される原因であると天性の勘で察知し、猛烈な敵意をもって睨みつける。
「あそこだ! てめえら、無様にうろたえてんじゃねえ! 敵を倒すぞ!」
「し、しかし王子! 火力が激しすぎます! 突っ込めません!」
「亀を前に出せ! 他の魔獣は後ろから続け! 白兵戦に持ち込め!」
ウィーズリー王子が叫ぶ。
決して恐れず果敢に立ち向かうウィーズリー王子は強く、しかし、間違っていた。
天候を操るというもっとも強力な作戦が破れた時点で、ウィーズリー王子は去るべきであった。