大成功した。
と、思う。
ただスキルでお互いを押さえつけるような契約ではなく、お互いに何を欲し、何を差し出せるのかを話し合った。そしてこの告死島で生きていくためには協調が必要なのだという意識を共有できた。バルディエ銃士団とレーア族が形だけ和睦していた時に比べて、格段に前進したと言えるだろう。
だが、たくさんの宿題ができてしまった。条件が詰めきれていないところもある。考慮から漏れている部分もあるだろう。
だが契約において一番の問題は「結局相手を信用できるかどうか」に尽きる。
ああ、もちろんそれはミレットさんとマリアロンドさんの間に横たわるものではない。あの二人はなんだかんだでお互いを信用している。実力のほどを認めているし、あからさまな嘘はつかないと見ている。
それに、お互いが若い女性でありながら組織の長であるという、似たような境遇なのだ。口に出すところはないが、悩みに共感するところはあるだろう。
何より、僕は二人と胸襟を開いて話ができたと思う。二人は……というより僕らは、闇雲な勢力拡大や過大な栄誉や金銭を求めているわけではない。ただ、安住の地を求めたいだけだ。
そしてこの告死島を開拓して戦争とは無縁の平和な土地を作ることに、異論はない。話し合いが成功したのも、それに寄るところが大きい。
だがその周囲の側近たちが納得するか、相手方を信用できるかは、また別の話だ。少しずつ、日常生活を送りながらも、軋轢が出ないようにトラブルを潰していかなければならない。
「何とも損なお仕事やなぁ」
「自分でもそう思う時はありますね」
「あてには逆立ちしたって無理ですわな。こうやって空を眺めてるのが一番」
「それはそれで才能が要ると思うんですけどね」
今、僕はフォルティエさんの観測所の櫓の上にいた。
誰も見られないので昼寝にはもってこいである。エーデルも心地良いのか、珍しく僕とフォルティエさん二人分が寝っ転がれるよう羊毛をばふんと展開してくれた。
ついでに言うと、この子は意外に口が固い。また観測所は神聖な魔力が立ち込めていて、ツルギくんとカガミさんのスキルも聞きにくいようだ。秘密の話をするにはもってこいであった。
「しかし旦那はんも悪いお人やなぁ」
「そう?」
「旦那はんだけ外とやり取りできるなんて知ったら、ミレットはんもマリアロンドはんも怒るんちゃいます?」
「怒るでしょうね。ただこればっかりは制限も大きいですし、やり取りする相手も限定されます。いつでも気軽に使えるならば暴露もできるんですけどね」
「まあ確かに、知らん方が平和ではありますけども」
「で、来た?」
フォルティエさんがにやりと笑い、櫓に置いてある犬小屋よりも小さな小屋の扉を開けた。
くるっぽう、とシュールな鳴き声と共に、僕の懐にやってくる。
「よーし、いい子ですよ……。今日もちゃんと届けてくれましたね。えらいぞ」
栗粉や豆を挽いたものを餌として与えると、鳩は嬉しそうについばむ。
これは、リーネ姉さんの秘蔵の伝書鳩である。
ごく普通の伝書鳩に見えるが、体力や隠密性、そして正確さにおいては通常の鳩の数倍はある。何より、普通の伝書鳩は帰巣本能に従って自分の巣や家に帰るだけだが、この鳩は天候魔法の使う信号魔法を利用して様々な場所へと手紙を運ぶことができる。僕が天候観測所を作った理由の一つでもある。
ともあれ、頭の中で思い描いていたことがうまく運んでいるという確かな実感があった。
それが、粉々に打ち砕かれた。
「あっちゃあ……これはまずい……」
「ど、どうしはったん?」
フォルティエさんが珍しく慌てて心配してくれた。
いや、珍しいのは僕だろう。常に僕は余裕ある表情を意識してきた。船が難破しそうになっても、嵐が来ても、あるいは求婚されても、それが顔に出ないようにしてきたつもりだ。
だが、こればかりは少々ショックだ。
フォルティエさん以外に見せられる顔ではない。
「ローレンディアが戦争で負けて、領土をかなり取られたようです。いや、奪った土地ですから取り戻されたと言うべきか」
「あらまあ……でも今は遠くの出来事ですさかい、こっちには関係ないんとちゃいます?」
「それが、どうやら親父殿が引退する雰囲気を出してます。次期王と目されていたバイアン王子も倒されて、王位を巡る水面下での戦いが本格化しそうです。加えて、僕が色々と水面下で進めていたことも露見したっぽく……」
「つまるところ?」
「兄弟の中で一番やばい人が、僕を殺しにやってきます」
フォルティエがきょとんとして尋ね返した。
「でも、頼れる姉さん方がおりますやろ。ああ、あてのことちゃいますよ。あては戦いなんてからっきし」
「いや、流石にこれに巻き込むのは申し訳ないと言いますか……」
今まで僕らが対応してきたトラブルとは訳が違う。
こればかりは僕自身のプライベートな問題であり、脅威度も段違いに高い。
「はぁ。なにを悩んでるのか知りまへんが、とにかく相談した方がええんちゃいます? 黙ってるのが一番良くないですやろ」
えいえいとフォルティエさんが僕のほっぺたをつつく。
伝書鳩も真似をして僕をつつく。
くちばしが微妙に痛い。
その痛さは、迫りくる現実を直視しなさいと叱ってくるようだった。