マリアロンドさんが僕を案内した先は、寝所であった。
そこには十人の男女が寝ている。
いや、寝かされていると言った方が適切だろう。
意識を失っているというほどではないが、全員顔色が良くない。
「感染る病気ではないと思う。この子ら以外に同じ病気が出た人間はいない」
「いつからこうした状態に?」
「嵐の後だ」
「治癒魔法の使い手は?」
「彼女だ。……彼女を中心とした治療班全員が病に倒れた」
マリアロンドさんが、寝ている女性を指さした。
おそらく三十絡みといったところの、痩せた女性であった。この五人の中ではもっともつらそうで、見るからに顔が青い。
ところでこの世界において、病気の脅威は地球より小さい。
魔法があるからだ。
何か体に異物を入れてしまった時の対処は解毒魔法で何とかなる。強力な毒であっても、強力な解毒があれば何とかなるというパワーゲームである。
病気も同様で、病原菌やウイルスが感染した部位に治癒の魔法をかけることで回復してしまう。肺炎なども肺を治癒する魔法で何とかなってしまう。寄生虫だって、寄生した生物を殺す魔法さえある。
例外はガンくらいのものだ。回復魔法をかけると却って進行してしまうので、ガンはもはやどうしようもない死病とされている。
また例外ではない治せる病気だとしても、どうしようもない状況はある。
たとえば、回復や解毒の魔法を使える者がいない時。
「うっ……族長、入ってはいけません……。感染るかもしれないんです」
その時、十人のうちの一人が目を覚まし、体を起こそうとした。
「すぐに出る。無理をせず休んでいろ」
「いえ……。私が回復したらすぐに治します」
「わかった。それまで無理をするな」
マリアロンドさんの言葉に、寝かされてる女性が気丈に微笑む。
だがいかにもつらそうな状況だ。おそらく僕らがいると彼女たちも休めまいと思い、再び元の場所へと戻る。
そして、マリアロンドさんと向き合って事実を告げた。
「……正直、僕の手には余ります」
「そうか……」
マリアロンドさんは、落胆を隠さなかった。
ちょっとした怪我や船酔い程度はともかく、本格的な病気の治療となると流石に力不足だ。申し訳ない。
「流石に僕のスキル程度では、あのような熱病は治せません。船員たちの中に病気治療ができる者かいないか聞いてみますが……」
「難しいだろうな」
「はい。一番確実なのは……」
「言うな、わかっている」
バルディエ銃士団に頼る。
それこそがもっとも正解だろう。
傭兵団は総じて腕の良い医者を抱えている。雇われた軍団が「補給や治療は任せろ」と言っても額面通りに信用するわけにはいかないからだ。敗戦濃厚となれば傭兵などよりも自軍を優先するし、あるいは最初から反故にするつもりの口約束ということもある。だから傭兵団は、回復魔法や解毒魔法の使い手を大事にする。
「本人たちは、単純な水あたりだろうと言っている。実際、症状としてもその程度のものだ」
「川の水でも飲んだんですか?」
「ああ。川を越えようとした時に何人か溺れかかって、救助しようとして飲んでしまった。たまたま近くにいたのが治療班でな……」
なるほど、それなら説明がつく。
だが水あたりと言ってもそれが軽いか重いかなどはわからない。
アニサキスみたいな寄生虫が悪さをしている可能性だってあるのだ。
今のところそこまで重篤ではなさそうだし快方に向かう可能性の方が高いとは思うが、族長たるマリアロンドさんがそれに期待して良いかどうかはまた別の話だ。
「マリアロンドさん。やはりバルディエ銃士団のところに行きましょう」
「しかし……」
当然、マリアロンドさんは難色を示した。
まあさっき殴り込みに行ったところに平気な顔をして戻りましょう、というのは流石に面の皮が相当厚くないと無理だろう。
こういう展開を予期していたならそもそも殴り込みをするなという話でもあるが、僕の身柄をバルディエ銃士団が押さえるのもまた非常にまずい。集団で襲いかからず、マリアロンドさんが単身で助けに来てくれたあたりが妥協ラインだったのだろう。
大丈夫、それで正解ですよ。
完全に関係が決裂してなきゃどうとでもなる。
「なにも、平身低頭で頭を下げてお願いに行きましょうというのではないんです。条件を聞き、相手が欲しがりそうなものををふっかけ、交渉をすれば良いのです」