という訳で、観測所は万全だ。
また、開拓団、レーア族、バルディエ銃士団のテントも問題ない。そして大工の心得のある者が各家庭のための家を作り始めて、これも順調だ。これまでの僕らだけでは森の木の伐採は難しかった。森の魔獣が手強いからだ。だが今は頼りになる傭兵がいるので木材が少しずつ増え始めた。
もっとも、森林資源には限りがあるからテント式家屋もまだまだ現役でいてもらいたい。誰か植林とかのスキル持ってないかな。
「良い天気ですね。もう少し遠出でもしますか?」
「めぇ」
「おや、仕事がある? ああ、服作りの方ですか」
エーデルはどうやらラーベさんたちの手伝いをする予定のようだ。
僕の愛羊は女性に引っ張りだこで鼻が高い。
「あら、王子様。ヒマなの? お茶でもしないかしら?」
「リーダーさん、エーデルさん。お疲れ様です」
などと相棒を誇らしく思いながら集落を見回っていたら、唐突に逆ナンされた。
バルディエ銃士団のミレットさんと、機織りスキル持ちのラーベさんだった。
「こんにちは。あ、マント仕立てたんですね」
「ふふっ、どうかしら?」
ミレットさんはばっと手を横に伸ばし、マントを翻す。あからさまに格好つけなのは分かるのだが、それでもサマになっている。髪はたおやかで顔はにこやかだが、仕草はワイルドだ。単に美しいという言葉だけでは表現しきれない不思議なカリスマがある。
「そういえば聞こうと思ったんですけど、この服、色や質感はどうやったんですか?」
ラーベさんには、エーデルの金の羊毛をたくさん渡している。これを受け取る時の彼女はまさに狂喜乱舞といった有様であった。そして服や防寒具、タオルなどを増産していったが、少し不可解なことがあった。羊毛ではなくまるでシルクのように艷やかな服があれば、どう見ても綺麗に染めたとしか思えない色鮮やかな服もある。
というか僕の着ているアロハシャツがまずおかしい。鮮やかな青色の生地に、色とりどりのハイビスカスが描かれてるし、なにより羊毛にあるまじき薄さと通気性があって快適だ。何気なく「こういうシャツが欲しい」と言って頼んだのは僕ではあるのだが、よくよく考えたら普通に作れないでしょこれ。
「あ、シルクに見えますか。良かった」
「ってことは、なにかカラクリがあるんですか? スキルか何かで?」
「ええ。私が過去に経験した織物や染め物なら、別の糸からでもある程度それに似せて作ることができるんです」
「めちゃめちゃ便利じゃないですか……」
複製の系統のサブスキルだな。
これを極めると無から有を生み出せるらしいが、そこまでいかなくとも十分に役立つ。物資不足の無人島では相当なものだ。
しかしラーベさんは、僕の褒め言葉に物憂げに首を横に振った。
「いえ、私が服に封じ込めた魔力が切れると、元の羊毛に逆戻りです。それに機織りとか染色とかを実際にやらないと腕も鈍るので、いつまで頼れるか自分でもわかりません……」
ラーベさんの懸念は、多くのスキルが共通して抱える問題である。
スキルに頼らない鍛錬を怠れば、やがて覚えたスキルやクラスも失われかねない。剣士は、クラスやスキルなどに頼らずに強くあらねばならない。練習あるのみ。僕もエーデルと触れ合うことを忘れたり、魔獣と接しない生活を続けたりしていたら、【テイマー】はやがて使えなくなる。そんなことはまずありえないにしてもだ。
「でしたら、作ればいいじゃありませんの」
「そうですね。織り機を作りましょう。染め物の作業場も」
「いいんですか!?」
ラーベさんの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「良いも悪いも、どんどん服を作ってほしいんですから足りないものはどんどん言ってください。染料は花や草の根っこが多いんですよね。あと、玉ねぎの皮とか。野草摘みする人に頼んでおきましょうか」
染め物は基本、植物の根や花弁、葉などを煮出して色素を抽出し、そこに生地を放り込んで色を移す……というものである。
地球で活動していた時、染め物が主要産業の地域に飛ばされたこともあったのでよく覚えている。うっかり手伝った時は手とか爪が凄い色になって困ったものだった。
「お、お詳しいですね……?」
「あなた、本当に王子様? どこかの商人とかじゃなくて?」
ラーベさんもミレットさんも何やら訝しい顔をした。役立ってるのに失敬な。
「正真正銘の王子ですよ。追放されましたけど」
「あ、あっ、すっ、すみまっっ、すみません……!」
「いや、マジで謝らないでください。頭上げて」
ラーベさんが焦って平伏しようとする。この人も自己評価が低いな。こんな素晴らしいスキルを持っているのだからもっと偉そうにしててくれていいんだが。美男子とか侍らせましょうか?
「こんな無人島では元の身分なんて関係ありませんわよ。萎縮される方が困らせてしまうわ」
「そ、そうですか……?」
「あなたには助けられたのだから、自信をお持ちなさい。このマントも本当に助かったのだから」
ミレットさんがラーベさんを立ち上がらせ、またも自慢げにマントを翻した。ひどく気に入っているらしい。
どうもマリアロンドさんとぶつかっていたり、あるいは自慢の銃を撃ちまくったりする攻撃的なイメージもあるが、こういう優しい面もあるようだ。
「はい……!」
ラーベさんが、嬉しそうにうなずいた。