こうして、告死島に流された全員が平原に居を構えることとなった。

 とはいえ、いきなり彼女たちグループを中央テントに雑魚寝させるという訳にもいかない。この開拓団の中央テントの東方面にレーア族用の大テントを構え、反対の西側にはバルディエ銃士団用の大テントを作った。

 愛すべきエーデルの出した羊毛の生地は防水性能、保温性能共に優れた超一級品だ。最初は「どうせただのテントでしょ」という懐疑的(かいぎてき)な見方をする人もいたが、一晩ここに寝るだけで快適さを思い知ったようだ。レーア族の屈強な戦士も、バルディエ銃士団の練度の高そうな団員も、どことなく僕に敬意を払ってくる。

「団長、あの者を取り込むべきです!」「族長、躊躇(ためら)っていたらバルディエの連中に先を越されまずぞ!」などとこっちに聞こえる声のデカさで話す者もいた。テントの防水性能や保温性は期待していいけれど防音性はないので気をつけてほしい。

 同時に、同盟グループのテント以外にも自分たち開拓団のための設備をどんどん増やしていくことにした。建設のターンだ。

「いやあ団長、ほんに助かりますわぁ」

 そう語るのは星見教団の巫女、フォルティエだ。

 最初に見た時の、いかにも奴隷ですといった貫頭衣は脱ぎ捨て、ゆったりとしたワンピースを着ている。

 しかし表情変化はなく、どこかぼーっとした佇まいはあまり変わっていない。

 ともあれ感謝の言葉をしっかりと述べていて、感情がないという訳でもなさそうだ。

「使い勝手はどうです?」

「祈祷の通じも良くって、びんびんに来はりますわぁ。一週間くらいの天気なら外す気しまへん」

 彼女の感謝の理由、それは僕が建築した観測所であった。

 木を組み上げて作った、高さ五メートルほどの簡素な(やぐら)。櫓の上に作った祈祷台。祈祷台に置いたお皿。観測所のすぐそばに作ったフォルティエ専用のテント。この四つによって観測所は構成されている。

 櫓の上に行くには梯子(はしご)を上らなければいけないのでちゃんとした階段に改築したいところだが、意外とフォルティエは身軽なようで、ひょいひょいと上り下りができた。

「しかしこれ、そんなに凄いんですか? フォルティエさんの説明通りに図面を書いてそのまま作っただけなんですが……」

 櫓の上の祈祷台に、曇り一つない綺麗な丸い皿が置かれている。

 これは僕が中心となって作り上げたものだ。船内にあまった金属をかき集めて、火魔法を使える人と協力して熱して溶かし、それを錬金術スキルを使って綺麗に形状を整え、磨き上げた。だがどうやって作れば良いかはフォルティエが全部指示したので、僕自身あまり頭脳労働した訳ではない。

「それが、できる人がなかなかおらんのですわ。櫓はともかく、祈祷台の神器はきっちり寸法通りに作ってくれへんのです」

「なるほど……」

 フォルティエの指示は的確だったが、的確であるがゆえに難解で理解できる人は少ない。どうやらこの皿はアンテナのような役割を果たすらしく、形状が非常に大事になるのだそうだ。皿の丸みがどのくらいなのか、厚みはどれくらいか、皿の中心がズレていないかなど、寸法の精度がそのまま天候予測の精度に直結するらしい。皿の精度が高ければ高いほど、天空に満ちる魔力を巫女が深く読み取ることができて的確な天気予報が出せるとのことだった。

「しかし、よくこんな計算式をご存じでしたね」

 フォルティエが僕に伝えたのは、何ていうか、数学の問題文のような、江戸時代の和算のような文言であった。中心より右端の百二十の距離に、真円の三分の一の円弧を描き皿の内側とする。皿の外側の円弧は、内側の円弧の原点より五、右にズレる……などなど、「グラフに書くべきものを頑張って文章にしました」という感じで、実に長ったらしい。

 それを地面に落書きしながら何とか図面をひねり出すことができた。前世で学んだ高校数学や、CADで図面を引いた経験などがあって助かった。

「まあ、呪文ですから、巫女は暗唱できるよう訓練してます」

「へ?」

「普通、この神器は本部から支給されるもんなんですけど、どうしても届かない時もあるんで作り方を呪文として覚えさせられるんですわ」

「あー、なるほど」

「でも計算できたって実際に理解して作れる人がいるかっちゅーと、なかなかおらんのですわ」

「あー……」

 星見教団の教徒や巫女(みこ)は、時々とんでもなく数字に強い人がいる。

 天候観測を行うと同時に、いつが夏至になるのか、次の満月はいつになるかなどの暦の計算もしなければいけないからだ。だが、単に直近の天気を占うだけであれば計算などできずとも何となくできる。天気予報するだけの占い師として十分な報酬を得られるのだから。

 だがフォルティエさんは数字や計算に明るいだけではなく、「本部からの支援が絶たれた時にどうすべきか」を理解している。これがどこかの国に配属されたならば、天気予報に絡めた様々なコンサルタントや相談役となれただろう。小国であれば国王や宰相(さいしょう)以上の権力を握ることさえありえたかもしれない。それが今や、無人島の開拓団のお天気お姉さんだ。いや、まだお姉さんって年齢でもないが。

「うーん……惜しい」

「惜しいって……いやん、口説かれてはります?」

「え? 何で?」

「お妾さんにしたいけど巫女だから口説けないとか、そういう話でっしゃろ? 別に本部の目も届きまへんし、お望みとあればいつでも寝所に」

「違います」

「あらまあ」

 無表情のまま言うのだからギャグなのか真剣なのか今ひとつ読み取れない。

「まあ冗談はさておき」

 あ、冗談だった、良かった。

「何でしょう?」

「こうやってゆっくり天気を占ったり、本業に勤しんだりできるのは意外と貴重なんですわ。予報はきっちり頑張りますし、団長の頼みは何でもやりますさかい、あてにできることなら遠慮なく言うたってや」

「うん。よろしくお願いします」

 そして、フォルティエさんの目尻がわずかに下がり、そして口角がほんの少しだけ上がった。

 彼女の精一杯の微笑みに、僕も微笑みを返した。