商談がうまくまとまった日の夕飯は美味い。
いや、単に気分的に美味しいというだけではない。今まで補うことのできなかった動物性タンパク質や脂肪、そして植物由来のビタミンや炭水化物が豊富で、そして塩もある。野趣に溢れすぎていることに目をつぶれば、素晴らしい食卓がそこにあった。
「燻製したり魔法で氷漬けにしたりしなきゃいけませんが、今日くらいはそのまま焼いても構いませんよね」
今回、僕は宴会の許可を出した。
船から回収していた残りわずかな酒もパーッと振る舞う。どうせいずれ尽きてしまうのだし後生大事に取っておいても盗まれたり奪われたりというリスクも出てくるし。
そんな訳で僕らは日が沈みつつある今、パーッと松明を燃やしながら原っぱでバーベキュー飲み会と洒落込んでいるわけだった。やったぜ。
とはいえ鉄板や網はなく、木を削った串に肉を刺して串ごと燃えないように気をつけて炙る……という極めて原始的な焼き肉だが、それでも充分に楽しく、そして美味しい。全員が大騒ぎしながら飲み食いしている。普段は険悪なミレットさんとマリアロンドさんの部下も、食欲と休養には抗えず、喧嘩することもなく和気あいあいと楽しんでいる。
「さあどうぞどうぞ。飲んでくださいまし」
「そうだ、食え」
とはいえ、それぞれのリーダーたる二人はまだまだ対抗意識を燃やしているようだ。俺の酒が飲めないのかみたいなノリは健康を害するからやめときましょうよ。てかこっちはまだ二十歳前なんですけど。
「僕は、あまり酒に強くないんですよ。肉も少しで大丈夫です。水で割って少しだけいただきます。お二人こそ飲んで食べて、体を休めてください」
「あら、大人を気遣うものじゃありませんわよ」
「食え。ばら肉の美味いところだ。塩と野草と一緒に齧れ。美味いぞ」
「話を聞いていただけると助かるんですが」
いやマジでお腹いっぱいだ。あと完全な接待モードに入るのやめてほしい。二人共、あまりこういうのに慣れていないのか、とにかく飲め、食えと食事を渡してくる。こういう時は雑談でいいんです、雑談で。
「食料はちゃんと対価分いただいています。それよりこれからの話をしましょう」
「これから?」
「このまま島の探検に戻るおつもりですか?」
僕の問いかけに、二人共渋い顔をしてうなずいた。
「このまま探索を続けても、おそらく安住の地はないだろう。進めば進むほど道は険しく、そして魔獣もより強く、より凶悪になってくる。やはりこの周囲の平原が一番安全だ」
「……悔しいけどその通りですわね」
二人とも、今僕らがいる平原から発ったのは「あいつらよりも良い土地を見つけてやる」という対抗意識であると同時に、同時に遠い場所にナワバリを置いて軋轢を生まない場所に拠点を置くことだった……と、思う。どちらも明言はしていないが。
だから二人とも、「やっぱりこのへんに住みます」とは言いにくいわけだ。学級委員長がクラスの揉めごとの仲裁をしている気分になってきたぞ。まあ対立の仲裁なんて大人も子供もあまり変わらないとも言えるが。
「僕としては、レーア族の皆さんも、バルディエ銃士団の皆さんも、近くに居を構えてくれると助かります。皆さんの分のテントや布もこれから作りますよ。木材で本格的な家屋ができ上がるまで、それで凌いでください。そのかわり……」
「食料調達と防衛。それをやれというのだろう?」
マリアロンドさんの言葉に、僕はうなずいた。
「ですね。僕らは生活能力を持っていても、魔獣に対抗する力はあなた方には遠く及びません。僕や元船員の人たちはそれなりに戦えるとしても、非戦闘員の方が圧倒的に多い。ここは力を合わせて一緒に暮らしませんか?」
「まるで原始人の結婚ねぇ。損得勘定だけで口説くのは風情がないわよ?」
ミレットさんが皮肉な微笑みを浮かべながらやれやれと肩をすくめた。とはいえ、言葉ほどに嫌だという訳でもなさそうだ。
「嫌ならお前は別のところに行けばいい。誰も強要はしていない」
「あ、ちょっと!」
マリアロンドさんが僕を強引に抱き寄せた。
「何だ、文句があるのか」
「あるに決まってるでしょうが!」
今度はミレットさんが強引に僕の身柄を奪う。人間で綱引きするのやめてほしい。
「あの、痛いんですけど」
「「なら大人しくして!」」
などと騒ぎながら、宴会の夜は更けていった。
何とも騒がしい再会であった。