素晴らしい出来映えだ。

 今まで地面に敷いていただけの布は、浸水がないようにすべて綺麗に縫い合わせた。

 そして周囲を土嚢で囲い、大雨で水が溢れ出してきても多少は持ちこたえられる。土嚢の袋はラーベさん、そして同じく機織りスキルや裁縫スキルを持った人にとにかく働いて作ってもらった。そして残った人間は土嚢の袋詰だ。ひたすら土を掘ってもらい、テント全周に土の詰め込まれた土嚢を配置した。一メートルくらいの生け垣にはなっただろうか。

 他にも、頑健(がんけん)な糸を作ってテントを張るロープや支柱にしている木材そのものを補強するなどして、見た目はともかく相当な耐久性を得られたはずだ。

 日は沈みつつあり、雨が降り始め、風も吹いている。

 夜になれば本格的な嵐になるだろう。

 もはや準備段階としてやるべきことはすべてやった。後は祈りながら待つだけだ。

「も、もう……休んでいいかしら……」

 申し訳ないことに、ラーベさんはげっそりしていた。呼びかけるとラーベさん以外にも【織り手】などの生産クラス持ちがいて手伝ってもらったが、それでも疲労困憊(ひろうこんぱい)といった様子だった。

「す、すみません。本当に助かりました。あとは僕に任せて休んでてください。食料も届けます」

「でも…‥‥役立てて楽しかったわ。こんな大騒ぎは何度も来てほしくないけど……」

 ラーベさんは、全身から疲労困憊のオーラを放ちながらも、ふふっと微笑みを浮かべた。

「作っていただいた土嚢、しばらく再利用はできるでしょう。ひとまずこの嵐を耐え凌ぐことができれば嵐が来てもここまで働き詰めにはならないと思います。ありがとうございました」

 そしてラーベさんをテント内に作った休憩ブースへと案内した。

 そこにはエーデルの毛で作った専用のベッドがある。

 ふかふか具合を楽しんでください。

「おめえも休めよ。昨日から働き詰めだろう」

「あ、船長代理」

 テントの中を歩いてると、エリックさんに呼び止められた。

「だから名前で呼べよ。ともかく、元船員の連中なら嵐が来てる時でも対処は何となくやるべきことも分かる。任せて休んだらどうだ?」

「……うーん、しかし」

 実はスキルを使い続けて、休まないと何もできそうにない。休め、という言葉は至極もっともであった。

 ただ、寝てしまうのも怖い。予想を超える大嵐だった時に、全部捨ててどこかへ逃げるという判断を下さなければならない可能性だってある。

「しゃーねえな。おめえら! リーダーをふん縛れ!」

 船長代理は、突然指を鳴らした。

 ビビるくらい音がでかい。練習したんだろうな。

 いや、そうではない。船長代理はなにをしようとしている? まさか反乱? このタイミングで?

「どーせこんなのじゃお前を捕らえておけねえなんて分かってんだよ。お前がスキルを使えるならな。けど今は魔力も体力もすっからかんだろ? そんな状態であーでもねえ、こーでもねえと動かれちゃ部下が落ち着かねえんだよ」

「うっ……それはそうですが」

 僕はあっという間に簀巻(すま)きにされた。

 そして、えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさと運ばれていく。場所は僕専用の寝室だ。

 エーデルは先に寝ており、起きる様子がない。船長代理たちには、エーデルが野生的な本能で悟ってしまうような敵意を持っていないということでもある。

「伽はいるか? 選り取り見取りだぜ」

「そういうのいいです」

 うら若き少年に何を提案してるんだこいつは、と思ったが、この世界ではさほど不思議ではない。子持ちの十五歳だってあまり珍しくはない。でもそれはそれとしてダメです。

「つまんねえな。……つーか、ナンパとかありなのか、ここ?」

「まだだめです。食料や生活物資に余裕ができたら、ですね。しばらく我慢してください」

 開拓民同士の自由恋愛は許可したいところだが、衣食住が安定してるとは言えない状況で妊婦が現れてしまうのは流石に困る。というか男性視点では楽しくメイクラブしているつもりであっても、客観的には狭い環境を利用して権力や食料、安全で釣って女性の身柄をどうこうするという一種の暴力ともなりかねない。

 しかし船長代理も渋めのイケメンだしモテそうだな。

「こういうトラブル明けは燃えるんだがなぁ。楽しいぞ。リーダーならみんな見逃すと思うぜ」

「っていうのを隠れ(みの)にするつもりでしょ。ダメです」

「ちっ、残念だ」

 エリックさんは肩をすくめるが、言うほど残念そうでもない。気を使ってくれたのだろう。

 日は浅いが彼はそれなりに他の船員からの信頼もある。不思議なものだ。

「エリックさん、あんまり、こう……野心みたいなのってないですよね」

「そうか?」

 エリックさんは不思議そうに聞き返したが、そうでもないと思い直したようだ。彼は顎に手を当てながら話を始めた。

「……いや、確かにそういうところはあるな。正直言うとな、あの船長……ダブラの野郎を一度でいいから殴ってやりてえと思ってたんだよ」

「あー……」

「俺だけじゃねえ。他の仲間だって似たようなもんだ。確かにあいつは船長としての腕はあったし、船員としてはそんなに不満はねえ。だが奴隷を扱う主人としては最悪だった。人を物としか見ねえし、人が窮地に陥ったら容赦なく踏みにじるってタイプだ」

 ダブラも想像以上に恨まれてたんだな。しかしレーア族とバルディエ銃士団もあの船長に煮え湯を飲まされたようだったし。

 そしてエリックさんは彼の悪行をひとしきり語った。具体的なところは割愛(かつあい)するが、ドン引きだった。確かに恨まれるのも仕方がない。

 が、エリックさんは苦々しい表情でダブラの悪行を話し終えたところで顔をパッと明るくさせた。

「それに、あいつが消えちまえば奴隷契約も借金もチャラだからな」

「借金があったんですね」

「もともと、俺は交易船の船乗りだったんだが嵐で船が転覆したんだよ。その時通りがかったあの野郎の船に助けてもらったんだが、馬鹿みてえな報酬を要求されたんだわ。しゃーねえから身売りしたってわけよ」

「そうですか。嵐に……」

「星見教団の教徒もいたんだが予報が外れちまってな……。それ以来このザマよ」

「嵐を予見できなかった、と」

 それは、その、非常にアレだな。

 憶測でしかないが、ハメられたんじゃないだろうか。

「ん? どうした?」

 船長代理が、僕の様子を気にして尋ねた。

「クラーケンは高波や嵐を呼び寄せる能力があるのを思い出して……」

「何だって?」

「船に近づくほどの嵐を教団の人が予見できなかったとなると、魔術的に呼び寄せた嵐の可能性もあるんじゃないかな、と」

 気まずい沈黙が流れた。

 そして船長代理の顔が万華鏡(まんげきょう)のように変化した。

 最初は訝しげな顔。そして、事態を飲み込んで憤怒の顔へと変わる。

 だが船長ダブラがそのクラーケンともども敗北して海の藻屑へと消えたことを思い出して、にっかりと笑った。

「何だよそりゃ! がはは! 悪行ってのは長続きしねえもんだな!」

「あくまで憶測ですよ。証拠は何もありません」

「いや、それだといろいろと辻褄(つじつま)が合うんだよ。思えば沈没した船の荷はあいつの商売敵に納入するもんだった。救出された後の段取りもやたらと早かった。くそっ、ハメやがったな……ま、人の船を沈めたやつが沈められる番になったんだから因果応報だが」

 やれやれとエリックさんが肩をすくめる。

 何とも数奇な運命を辿ってる人だな、人のことは言えないが。

「何というか、ご愁傷様です」

「いいさ。現状はそんなに不満でもねえよ。あいつの船で働き続けて奴隷の年季明けを目指すよりはこの島で何とか生き延びて脱出する方が時間はみじけえだろうし、こっちの方が楽しい」

「さて、どうでしょうね。僕が彼より人使いが荒いってこともありますよ」

「嘘つけよ」

 エリックさんがにやっと笑い、僕もつられて笑った。

 何となく空気が弛緩(しかん)したあたりで、僕は話を戻す。

「嵐が過ぎ去って食料の余裕ができたら恋愛は許可しますよ。この分だと肉を手に入れるのもそんなに遅くはならなさそうですし」

「……うん? 何か狩り場でも見つけたのか」

「ま、楽しみにしててください。美女と一緒に向こうからやってきますよ」

 僕の言葉にエリックさんは首をひねるが、しばし後に「ああ」と納得の表情を浮かべた。

「そういうことか」

「そういうことです」

 冗談を交わしているうちに、睡魔がやってきた。

 嵐のもたらす恐ろしげな風の音も雨の匂いも、ゆりかごのように心を揺らし、僕に眠りをもたらす。

 こうして慌ただしい一日が終わりを迎えようとしていた。