ミレットさんやマリアロンドさんは良い土地を先に確保しようと張り切って旅立った。
だがそこから一時間もしないうちに、そんな問題はまるで起きないだろうと僕はしみじみ実感した。
「……ここ、めちゃめちゃ広いぞ!」
「そうよ、広いわよ! 広すぎるわよ!」
兄妹コンビが僕に怒った。
「怒られても困りますよ。広いものは広いんですから」
今、僕らは斥候に出ていた。
砂浜を抜けた先には森と草原がある。草原は十キロ以上に渡って続いており、そこに一時的なキャンプを設けて船員や奴隷……いや、告死島開拓団員たちはそこで生活の準備をさせている。
一方、僕、エーデル、そしてツルギくんとカガミさんは代表して周辺を探索しているという状況だった。たまたま生えていた木に登り、ツルギくんたちは耳をそばだてて周囲を警戒している。
「草原の先の森だって広いし、その向こうにある山は高いし、聴覚スキルが届かないわよ……」
「あっ、カガミ! 馬鹿!」
やっぱりそういうスキルなんだ。まあ聞かなかったことにしてやろう。
「魔獣がいる様子はありますか?」
「いるかいないかで言えばウジャウジャいるけど、こっちに近づく様子はない」
「もしかして戦ってます?」
「たぶん」
レーア族とバルディエ銃士団だ。
彼女たちは相当なレベルの強化を受けている。告死島の魔獣は凶悪だが、物ともせずに倒しているのだろう。
彼女たちが初手で暴れてくれればくれるほどこちらは安全になる。草原や森の入口を、〝人間のナワバリだ〟という認識を魔獣や野生動物に植えつけることができる。島の新参者としての少々過激なご挨拶というわけだ。ヤクザかな?
「草原の安全は確保できそうですね。安心しました」
「でもいいのかよ」
「なにがですか?」
「あいつらが魔獣を倒したり活躍したら、こっちが下手に出なきゃいけねえんじゃねえか?」
「そうよ、兄ちゃんの言う通りよ! 強い連中は怖いんだから!」
カガミさんの率直かつごく当たり前の言葉に深くうなずく。
強いやつは怖いのだ。
「確かにその通りです。しかし強さだけが物を言うのは、都市や国家など高度に分業された世界だからこそでもあります」
「へ? 何言ってんだ?」
「何にもない、足りない尽くしの無人島生活では、戦闘能力以外の文化や文明の力も非常に有用だということです。……さて、向こうの準備もそろそろ終わってることでしょうし、戻りましょうか」
エーデル、そしてどこか納得いかない顔をしたツルギくんとカガミさんを連れ、僕はキャンプ地へと戻った。
キャンプ地では、皆が協力して草むしりや煮炊きの準備をしていた。
僕の姿を見かけると、船長代理のエリックさんが駆け寄ってきた。
「おう、戻ったか」
「なにか問題はありました?」
「問題だらけなのに、一人一人じゃどうしようもねえってのが問題だ。なにか自分にできる仕事がねえとみんな不安なんだよ。数日分の飯はあるが、寝床も何もねえし」
はぁ、とエリックさんが溜め息をついて肩を落とす。
「飯も寝床も問題ですね」
「ああ」
「魔獣ばかりの食事になってしまいそうです。動物性タンパクが多くて栄養が偏ります」
「ああ……ああ?」
船長代理がうなずきかけて首をひねった。
「食事の量の問題は大丈夫ですよ、おそらく。それよりもう一つの問題……寝床を解決しましょうか。エーデル、毛を少し多めに分けてください」
「めぇ!」
エーデルが一鳴きした瞬間、その体……というか毛から不思議な光芒が溢れ出す。
魔力の現れだ。
そして、ぼふん! というちょっとした爆発のような音が鳴った。
「な、何だこりゃ……!?」
「毛ですよ、毛。これを糸にして、更に糸を織って生地にしていきます」
「そ、そりゃわかった、わかったから助けてくれ! 毛に溺れる!」
「あ、しまった」
エリックさんを救助して、人のいないところに移動した。
皆、何だどうしたと興味津々に見ているが、気にせず作業を進める。
「【錬金術師:錬金】」
スキルを発動させてエーデルの毛を糸に変化させ、更にそれを繊維状に織っていく。船の時とは違って、撥水の性質だけを持たせた。強度もさほどない。雨風を凌げる程度で十分だ。
そのかわり、とにかく大量に作り出していく。
「おお……相変わらず凄えな……」
「これをテント代わりにしてください。ああ、生地だけじゃなくてロープも作っておきますので。ポールや木材なども必要かもしれませんが、それは森から切り出せば良いと思います。流石に林業となると守備範囲外なので、誰か詳しい人がいたら助かるのですが」
僕がそう言うと、元奴隷の団員の何人かが手を上げた。
どうやら元は木こりをしていた者や大工をしていた者がいるらしい。
「それじゃ今手を上げた人は集まってください。寝床を作る計画を立てましょう」