失意のマリアロンドさんとミレットさんであったが、頭の切り替えは意外と早かった。

「くよくよしてたって仕方がないわ! 開拓するわよ!」

 と、声をあげて自分の部下たちを叱咤(しった)した。

 ついでに、「レーア族の連中にいい土地を取られたらバルディエ銃士団の名折れよ」と挑発的な一言も付け加えて。

 そしてマリアロンドさん率いるレーア族も負けじと立ち上がった。

 二グループそれぞれ別個に、この島を開拓するつもりのようだ。

 できれば協力してもらいたいところだが、彼女たちは自分が思う以上に因縁がある様子だ。無理強いも難しいだろう。

 それに、この島はどの国の領土にも属さない未開拓地と認定されている。そうした土地を開拓した者は、自分の領地にすることができる……というのがこの世界の通例だ。今は、無人島に取り残されたという危機であると同時に、自分の土地を手に入れるチャンスでもあるのだ。彼女たちを引き止めることは諦めるしかないだろう。

「な、なあ……お前はどうするんだ?」

 おずおずと僕に話しかけてきた少年がいた。

 船の中で出会った奴隷のツルギくんだ。妹のカガミさんも後ろに控えている……どころではない。ミレットさんやマリアロンドさんの部下たち以外の全員……僕と同じく普通に売られる予定だった奴隷たちや、船員たちが僕をじっと見ている。

「僕ですか?」

 総勢四百人といったところだろう。

 奴隷の数で言えばもっと多かったが、囚われていたレーア族とバルディエ銃士団の人間はそれぞれ自分の所属する団に戻った。そのかわり水夫が加わったので、四百人という数字はあまり変わっていない。多いって。どうしよ。

「他に誰がいるんだよ」

「えーと、僕が何か言わなきゃいけない感じですか?」

「お前がいろいろやってきたからここに辿り着いたんじゃないか」

「そこはまあ、僕も骨を折りましたがそこにいる船長代理が頑張ってくれたおかげでもありまして」

「馬鹿野郎! 俺はお前に任命されたんだ! リーダーはお前だよお前!」

 エリックさんが全力で反論してきた。

 なし崩しにリーダーにされそうで焦っているのだろう。

「別にリーダーという訳でもないんですが」

「元王子で、開拓団に売られる予定の一等奴隷だろ。お前と同じく開拓団に売られる予定の二等奴隷や三等奴隷ばっかだ。お前が一番身分が高いんだよ」

「どこかの国が管理してる土地じゃないんですから身分制度やめません? それを言ったらあなたたち船員の方が雇い主側じゃないですか?」

「馬鹿を言え。俺たちゃ全員、船長の奴隷だよ」

「え、マジですか?」

 船長……いや、元船長ダブラの顔を思い出す。

 確かに奴隷商人と兼任した野心家で猜疑心(さいぎしん)の強い男ではあったが、自分の右腕となるべき船員も奴隷で固めていたのか。

「ああ。あの野郎は奴隷落ちした船員とかを買い取ってたんだよ。だから正直、あの野郎には忠誠心なんかねえ」

 そういえば船長は奴隷たちも船員たちも区別なくケツを蹴り飛ばす男であった。

 一方、船長の見ていないところでは船員のモチベーションは低く、船員による奴隷いじめもなかった。てっきり元船長ダブラが「俺の商品だぞ、丁重に扱え」という自分を棚に上げた指示を出していたのかと思っていたが、心情的なものもあったようだ。奴隷たちも船員に恨めしい目を向けていることもない。

 なるほど、これは悪くない状況だ。ミレットさんとマリアロンドさんのように、対立を抱えたまま新生活を送る羽目になるよりは余程幸運だろう。

 僕がなし崩しにリーダーになってしまう不幸を度外視すればの話だが。

「わかりました。そういうことでしたら力を合わせましょうか」

「リーダー。いや、なんかそれも言葉が軽いな。開拓団の団長ってところか」

「言葉の響きがいかつくないですか?」

「団長! 指示を!」

 船員の一人が声を張りあげると、他の船員や奴隷たちも合唱の輪に加わった。

「仕方ない。僕の指示にはしっかり従ってもらいますよ」

 こうして僕は、奴隷という誰かの所有物から開拓団の団長に変わったのだった。