俺はルシカさんの修行を受けることになった。
不安はある。今まで駄目だった魔術が、本当に俺なんかに使えるようになるのだろうか。
だが、カスミが信頼する人だ。きっと、なにか掴めるはずだ。
体外の魔力……マナを利用した魔術の発動。そこに、俺が更に強くなるための鍵がある……!
ルシカさんは腕を組み、トントンと腕を叩く。
「一ヶ月……正確にはもう三週間程しかない。オドと違い、マナの扱いは繊細でありかつ大胆という矛盾をはらむ。生半可な覚悟では上手く行かない。ほとんど私の修行は無為に終わるかもしれないが、全力は尽くそう」
ルシカさんの言葉に、俺はお願いしますと頭を下げる。
カスミともかつて一緒に行動していたこともあるわけだし、そして今もこの最高峰の魔術学院で魔術を教えている。信頼できる人だ。きっと大丈夫だろう。
修行は大きく分けて三工程ある。
認識、循環、発露……どれも今まで学んできた魔術(もちろん、使えなかったわけだけど)とは違う特殊な技能だ。ルシカさんが言うとおり簡単にはマスター出来ないだろう。だけど、俺はここで強くなるんだ……!
「体内魔力であるオドではなく、自然界のマナを認識する必要がある。それがいかに難しいかわるか?」
「なんとなく……。今まで人が発した魔力しか感じたことはないですから、それ以外の魔力となると、認識から改めないと」
「その通り。君が体を動かすとき、体がどういう姿勢か、どれほど力がかかっているかは感覚的に理解している。だが、一度体から離れれば途端にそれは掴めなくなる。マナと肉体の関係も同様。自分の体の周りに漂うマナを、自分自身のように知覚し操れるようにならなければ、それを魔術に応用するなど不可能というわけだ」
「…………」
言うは易しとはこのことだ。
いうなれば、目に見えない三本目の腕の感覚を掴めと言っているようなものだ。見えないのに、どうやって……。
「難しく考えることはない。ようは水の中と同じだ。周りに満たされていると認識できれば、理解は早い。それに、君は魔断の力を持つ。過敏な魔力への反応は何もオド――体内魔力にとどまらないはずさ。とりあえず今週はマナの感知に全集中しよう。これを」
そういってルシカさんは俺に杖を渡す。
古い木で作られた魔杖だ。古く、くすんでいるのにも関わらず、その存在感は持っただけで感じられる。
「それはサラドールの杖。大気中のマナを吸収し易いサラドールの木で出来た、かつての魔術師が使用していた特注の杖だ。修行の第一段階。まずは見える形でマナを認識するために、その杖にマナを貯める訓練からだ。見えないものを見えるように暴く。それが奇跡をなすための第一歩さ」
「第一歩……! がんばります!」
「がんばれホロウ! ホロウならできるよ!」
カスミはグッと拳を握る。
「ああ……! いくぞ!」
「まあ、気長にね。すぐにできるもんでもないさ」
俺はすべての神経をその杖に集中する。
オドではない、マナを感じ取る……。
大気中……俺の周囲を漂う魔力の素……。
ルシカさんが言っていたように、俺が水の中に居るイメージで……。
そっと目を閉じ、意識をさらに集中させる。
体の中の魔力《オド》を感じる。だがこれじゃない。そこから更に外……この杖を俺の腕……いや、カスミだと思って、その周りに漂うマナを感じ取る。
少し杖を左右に動かしてみる。瞬間、かすかに波を感じる。
これは……! これを掴む!!
感じ取った感覚を、更に集中して一気に巻き取るイメージ……!
「――これは……驚いた」
瞬間、杖が僅かに光りだす。
その光で、俺は目を開ける。
「飲み込みが早いようだ。前言撤回しよう。君なら三週間でマナを操れるようになるかもしれない」
そうして、ルシカとホロウの特訓の日々は続いた。
俺が特訓中はセシリアにリゼッタの警護を任せて、ひたすらに特訓に励む。
昼は学院の授業、夜はルシカとの特訓。
二足のわらじの学院生活。忙しいけど、充実した生活を送っていた。
そんなある日。
「……また来てるよ。こっちまで危ないってのに」
「そりゃそうでしょ、あまり大きい声で言わないでよ聞こえるでしょ」
「悪い……」
そんな声が、教室の端の方から聞こえてくる。
その声を聞いて、リゼッタは申し訳無さそうに少し顔を俯ける。
「大丈夫、リゼッタ?」
「――ええ、大丈夫ですよ」
リゼッタは金色の美しい前髪を耳にかけながら、笑みを浮かべる。
「さあ、授業です。今日も頑張りましょう」
「……あぁ」
『…………』
リゼッタの噂はあっという間に広まった。
”竜の巫女”。アーステラ帝国の皇女がその血筋であることは以前から実しやかに囁かれていた都市伝説だった。
しかし、ことの発端は生物学の授業だ。
授業で使うレッサードラゴンは気性が荒く、毎年何人かは怪我人が出ることで有名だった。しかし、今年はそうはならなかった。
なぜなら、リゼッタが居たからだ。
檻から出た手乗りサイズのレッサードラゴンは、例年のように教室を飛び回り、その鋭いくちばしを持って生徒たちに襲いかかるものと思われた。
しかし、空中を旋回した彼らは一目散にリゼッタの元へと集まってくると、まるで森で戯れる動物たちかのように、リゼッタの周りを元気よく飛び回ったのだった。
それを見て、ほとんどの生徒がリゼッタの特性を理解した。
それからは珍しいもの見たさで注目を浴びていたが、二度三度リゼッタを狙った襲撃があった。それによって怪我をした生徒も居た。
そんなことが続き、次第にリゼッタは腫れ物のように扱われ始めた。
近づくと巻き込まれる――と。
そもそもドラゴンに好かれるという現象自体を忌み嫌うものも居たりして、正直今のリゼッタの立場は良いものではなかった。
それでもこうしてリゼッタは気丈に振る舞っている。俺があまり首を突っ込む問題でもないのかもしれない。
「あれ、リゼッタは?」
お昼、リゼッタの姿が見当たらず、俺は思わずそう口走る。
しかし、それに答える回答は聞こえてこない。
『どこだろう、やっぱりちょっと授業いやになっちゃったとか……』
「そんな……探そう」
『そうね』
俺たちは手分けして学院を探し回る。
学院は広いが、俺たちが行けるところは限られている。リゼッタが行くところといえば、なんとなく察しはつく。
訓練場を抜け、森へと入る。
しばらく進むと、塔が見える。とある魔物の管理塔だ。
竜の巫女の話を聞いていた学院が、リゼッタの力を見たいと最初に案内した場所だ。
入り口には大柄な管理者のおじさんが立ってる。
「あの――」
「あぁ、護衛の。中にいるよ」
「ありがとうございます」
どうやら当たりのようだ。
中に入ると、檻の前に座る金髪の少女を見つける。
少女は檻の近くに寄っており、その少女により掛かるように檻の中のドラゴンが近づいている。そうそうお目にかかれる光景ではないのだろう。
「リゼッタ」
「ホロウ! ……どうしたんですか?」
リゼッタはムクリと身体を上げる。
「ここに居たんだ」
「ええ、この子が私に懐いてくれているので、良く来てるんですよ」
グルル、と短く喉を鳴らすドラゴン。
俺でもわかる。ドラゴンがこんな拾った猫みたいななつき方をするのは異常だと。これが竜の巫女の力だ。
このドラゴンは大きさはそこまでではないが、きっとそれでもかなりの力がある。こんなドラゴンが、リゼッタの意思で何十、何百と従ったら、それはとてつもない力となる。
俺はリゼッタの隣に座る。
「どうしたんですか、お昼終わっちゃいますよ」
「ちょっと話したくて。どう、学校は」
「楽しいですよ、学びたかった魔術の学校ですから!」
まあ、あまりまだ上手くは言ってないですけど、とリゼッタは楽しそうに笑う。
「そうか」
なんて言ったら良いか。
けど、リゼッタは落ち込んでるかもしれない。俺が、せめて友達の俺が気にかけてあげないと、リゼッタは嫌な思い出だけを持って国に帰ってしまうかもしれない。それは嫌だ。
「ねえ、リゼッタ」
「はい?」
「最近その……いろいろ陰口が聞こえてきてるけど……大丈夫?」
「…………あぁ!」
リゼッタはぽん! と手のひらに拳を打ち付け、「そのことでしたか!」と声を上げる。
「全然気にしてないですよ」
「あ、あれ? 本当に……?」
「はい!」
リゼッタはケロッとした顔で、いつものような太陽のような笑顔を見せる。
その顔は、嘘を言っているようには見えない。
「心配してくれたんですね」
「そ、そりゃそうだよ……!」
リゼッタはふふっと楽しそうに笑う。
「ありがとうございます。嬉しいです。確かに陰口は気持ちが良いものではないですけど、覚悟してきたものですから」
「覚悟?」
リゼッタは頷く。
「私は竜の巫女。ただでさえ隣国から来ている上に、厄介ごとの種まで持ち込もうとしているんです。いい顔して迎えてくれる人ばかりではないことはわかってました。自分本位な決断だったとも思ってます」
「リゼッタ……」
「ですが、それでも私は魔術を学んでみたかった。だから今私は幸せなんです。覚悟は出来てましたし、言われても仕方ないと思ってます」
「仕方なくないよ」
「ホロウは優しいですね。私は、私と一緒に居てくれるホロウ達が居てくれればそれで十分です!」
リゼッタはまた満面の笑みを見せる。
どうやら、俺が思っている以上にリゼッタは強い少女だったみたいだ。そりゃそうだ、覚悟して、一人でこの国まで来てるんだから。
「はは、すごいよリゼッタは。女の子一人で他国なんて」
「ふふ、皇女ですから」
「俺たちはリゼッタの味方だからさ。いつでも頼ってよ」
「はい! 私も少しでも魔術を学んで帰れるようにがんばります!」
「俺もリゼッタのことばかり心配してられないな……」
そうして、俺たちは二人で教室へと戻った。
◇ ◇ ◇
『うんうん、なるほどねえ。順調ではあるか』
「はい、もう期間もないですけど、今のところはリゼッタも無事です」
俺はルシカの部屋で、ヴァレンタインとの定期連絡を行っていた。
『とはいえ、襲撃が何度かあった以上、警戒は続けてくれよ』
「もちろんです! リゼッタは俺が守ります」
『はは、頼もしいよ。こっちは結構いろいろ起こっている。各地で魔王教団が騒ぎを起こしてるんだ。今まで水面下だったのが、大分表に出てきている』
「魔王教団……」
リーズたちの敵……あいつらだ。
『彼らの魔剣集めが加速しているらしい。王都の魔剣の守りも固めないといけないから、各地の守りが相対的に薄くなってしまう。君たちも気をつけてくれ。まあ、学院に彼らもようはないだろうが』
「ですね」
「いや、そんなことはない」
不意に、後ろからルシカが話に割って入る。
「どういうことですか?」
「この学院にあると言っているんだ、魔剣が」
「!?」
「魔剣が……?」
「あぁ。あの塔が見えるか?」
ルシカは窓から森の方を指差す。
そこには、木々の中に紛れて一つの古びた塔が立っていた。
「あれはかなり強い結界が貼ってある宝物庫になっていてね。古今東西のさまざまな魔術的な物品が眠っている」
「その中に魔剣があるってこと……ですか?」
「そういうことだ。魔術学院に眠っているというのはそれほど広まっている話じゃないから、知っている者はそういないがな。昔から生きてる私くらいなものだ」
この学院に魔剣が……。
なんだろう、とてつもなく胸騒ぎが……。
『まずいな……そこの魔剣の守りはどうなっている?』
「ないさ。だって誰も知らないんだから」
『…………仕方ない、私が行こう。現物の確認が出来たら、守りを固める申請をする。明日向かうから、案内を頼んでいいかい、ホロウ』
「わかりました」
魔王教団……あの腐食の剣士――リディアの組織……。
魔剣が揃うと、世界が手に入るか……。
空は曇り始めていた。何かが起こりそうな……そんな嫌な予感が拭えなかった。
「ホロウ……」
◇ ◇ ◇
「遅いなあ、ヴァレンタインさん」
「そうね、何やってるのかしら。こんなところで私達を待たせて!」
早速学院の魔剣を見に来るヴァレンタインさんを出迎えるため、俺たちは正門まで来ていた。
ここまで守衛の人がヴァレンタインさんを連れてくる手はずだ。
堅牢なこの学院は、陸路ではまず侵入できないだろう。これだけセキュリティが硬い建物も稀だ。それだけ、この魔術学院というものに秘匿性が高いんだろうな。
「リゼッタとセシリアは食堂でしょ? あーあ、私もそっちにいればよかったかしら」
カスミはふてくされるようにプンと頬をふくらませる。
「ごめんよ、カスミ。今からでも戻ってていいよ?」
「……冗談よ、もう! 私がホロウから離れる訳無いでしょ!」
「あはは……。それじゃ――」
と、俺が振り返った瞬間。それは、俺の視界の片隅に捉えられた。
一瞬目を疑う光景。だが、それは確実に現実だった。
空一面を覆う、黒影。
「カスミ、あれ……!!」
「え?」
「あれは……ドラゴン!?」
それは、曇天の空に浮かぶ、ドラゴン達の姿だった。その背には、誰かが乗っていた。魔術学院が催したイベント……などと、呑気なことを思っていられる光景ではなかった。そこにあるのは、明確な敵意だ。
そのドラゴン達はそのまま学院の敷地内に侵入すると、魔術のようなものを放ち、学院に雷が落ちる。遅れて、爆発音。
「!?」
「雷……魔術!? うそ、何が起こってるの!?」
遠くから悲鳴が聞こえてくる。
ざわっと、体中の毛が逆立つ。
「襲われてる……!? まさか、魔剣を狙って!?」
「魔王教団!? 魔剣の在り処を嗅ぎつけたってこと!?」
「そうとしか考えられない! このタイミングで、まさか上空からやってくるなんて……!」
俺は、すぐさま踵を返して走り出す。
「ホロウ!?」
「昨日ルシカさんが言っていた塔に向かおう!! 魔剣が危ない!」
◇ ◇ ◇
「魔王教団……バンザイ……」
「くっ!!」
俺は剣を振り、目の前の騎士を切り倒す。
そばには、小型のドラゴン。つまり、竜騎士だ。
「はあ、はあ……!」
『ホロウ、これって……』
「あぁ、やっぱり魔剣だ……!」
空からは、次々と竜騎士達が乗り込んできていた。
こいつらすべて、魔王教団……! まさかこれほど人数が多いなんて……!
「きゃあああああ」
「無理だ……逃げろおおおおお!!」
「うわあああ!」
学院は阿鼻叫喚だった。みんなパニック状態だ。
無理もない。こんな、突然わけも分からず襲われるなんて、普通考えられる訳がない。
「くそ、魔剣が……でも、生徒達も見捨てられない!」
「ホロウ……」
くそ、どうすれば……魔剣が奴らの手に渡れば、この世界が……。
すると、聞き慣れた声が響く。
「隊列を組め、馬鹿どもが! いいようにやられてどうする! 僕たちは誇り高きリグレイス魔術学院生だぞ!!」
生徒たちを一括する声は、癖っ毛の上級生から聞こえてきた。
二階のバルコニーから叫ぶ彼は、魔術で一人の竜騎士を地面に叩き落とす。
「クエン先輩……」
「クエンの言うとおりだ、戦うぞ!! 俺たちが団結すれば、こんな敵訳ない!」
「貴族を……魔術師を舐めるなよ、賊が!!」
うおおおおお! と、生徒たちが団結していく。
その光景に、俺は思わず高揚していた。
「クエン兄さん……!」
『あのポンコツ兄貴……意外とやるじゃない』
「あぁ……腐っても、僕の兄さんなんだから……!」
俺の中の迷いは消えていた。
「行こう、カスミ。ここはクエン兄さんたちに任せて、魔剣がある塔へ……!」
『ええ!』
「きゃあああああ!」
「た、戦えええええ! 守るんだ、学院を!」
辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
それでも、さすが国内のエリートを集めた学院だけあり、実戦経験こそ乏しいがそのたぐいまれなる魔術の力により、何とか対抗出来ていた。
地の利を生かした徹底防衛。だがしかし、それも時間の問題に見えた。
一刻も早く、この奇襲の目的を打ち破らなければ、先に力尽きるのはどちらかは目に見えていた。
『ホロウ、ここ!!』
「え!?」
『食堂!』
「!!」
俺は慌てて急カーブすると、急いで食堂へと入っていく。
すると。
「――”水牢《ウォータージェイル》”!」
地面の魔法陣から水があふれ出し、目の前の竜騎士を水の牢獄へ閉じ込める。
「セシリア!!」
「ホロウ!」
杖を掲げ、魔術を放つセシリアの姿がそこにあった。
その後ろには、怯えて屈むリゼッタの姿があった。
「大丈夫、リゼッタ!?」
「え、ええ……セシリアさんが守ってくれたから……!」
「ありがとうセシリア!」
「当然よ、それより、どうなってるのこいつら……!」
セシリアは息を荒げながら問う。
「魔剣だ……きっと狙いはあの塔だ」
「そのためにこんな……」
セシリアは外から聞こえてくる叫び声に、悲痛な表情を浮かべる。
「セシリア、俺はこれから魔剣を守りに行く」
「それって……! 危ないわ、剣聖様が来るのを待った方が……」
「いや、それじゃあ遅い。今魔剣を守らないと、大変なことになる……!」
俺の真剣な表情に、セシリアはじっと俺を見つめる。
「なら、私も一緒に――」
「それは駄目だ!」
「!」
少し大きな声を出した俺に、セシリアは僅かに目を見開く。
駄目だ。相手はただでさえ魔剣を狙っている集団だ。たとえ塔の魔剣じゃなかったとしても、魔剣を――カスミを持っている俺を狙わない保証はない。
そうなると、俺の傍にいることはここにいるよりもっと彼女たちを危険にさらしてしまうかもしれない。
俺のその葛藤を悟ってか、セシリアは短くため息をつく。
「……わかったわ。ここは私に任せて。ホロウは魔剣の塔へ行って。リゼッタは私が守るわ」
「いや、もっと奥に隠れて――」
「私は冒険者、そして魔術師よ。一か月とはいえ私も立派なこの学院の生徒なの。戦うわよ、こればかりは譲れない」
「セシリア……そうだよね。セシリアならそう言うと思った」
はにかむセシリアに、その後ろのリゼッタもグッと拳を握る。
「私も頑張ります……!」
「無理しないで、リゼッタも危なく成ったらすぐ奥に逃げて!」
「ホロウ君も!」
そうして、俺達は二人と別れると、あの塔へと向かって走り出す。
必ずあそこに誰かが向かっているはずだ。
学院内の至る所で騒ぎを起こし、学院内の警備を全てそこへ集約させる。
がら空きになった塔へと悠々と忍び込む。そんなことを考える、魔王教団の構成員が。
◇ ◇ ◇
俺たちはルシカから教えて貰った塔へとたどり着いた。
森の中に聳える古びた塔。
入り口は崩れ、辺りには蔦が大量にのびている。
石造りは崩れ、とてもじゃないがここに魔剣があるとは思えない廃墟だ。
すると、隣に立つカスミが顔をしかめる。
「ホロウ……匂うわ、ここ」
「俺もそう感じてた。カスミ」
俺はカスミの方に手を伸ばす。
カスミは何も言わず俺の手を握ると、シュルシュルシュルと、刀へと姿を変える。
それを上段で構え、俺はじっと塔の方を見る。そして。
「はああああ!!!」
一閃――。
何もない空間をただ縦に切り裂く。
すると、まるで薄い布を切ったかのように、何かの膜がハラリと破れていく。
そして、次の瞬間。俺達は感嘆の声を上げる。
「おぉ……これが……」
「さすが魔術学院。私でも近づくまで気が付かなかったわ」
目の前に現れたのは、空を貫く立派な塔だった。