そうして、ルシカとホロウの特訓の日々は続いた。
 俺が特訓中はセシリアにリゼッタの警護を任せて、ひたすらに特訓に励む。

 昼は学院の授業、夜はルシカとの特訓。

 二足のわらじの学院生活。忙しいけど、充実した生活を送っていた。
 そんなある日。

「……また来てるよ。こっちまで危ないってのに」
「そりゃそうでしょ、あまり大きい声で言わないでよ聞こえるでしょ」
「悪い……」

 そんな声が、教室の端の方から聞こえてくる。

 その声を聞いて、リゼッタは申し訳無さそうに少し顔を俯ける。

「大丈夫、リゼッタ?」
「――ええ、大丈夫ですよ」

 リゼッタは金色の美しい前髪を耳にかけながら、笑みを浮かべる。

「さあ、授業です。今日も頑張りましょう」
「……あぁ」
『…………』

 リゼッタの噂はあっという間に広まった。
 ”竜の巫女”。アーステラ帝国の皇女がその血筋であることは以前から実しやかに囁かれていた都市伝説だった。

 しかし、ことの発端は生物学の授業だ。
 授業で使うレッサードラゴンは気性が荒く、毎年何人かは怪我人が出ることで有名だった。しかし、今年はそうはならなかった。

 なぜなら、リゼッタが居たからだ。

 檻から出た手乗りサイズのレッサードラゴンは、例年のように教室を飛び回り、その鋭いくちばしを持って生徒たちに襲いかかるものと思われた。

 しかし、空中を旋回した彼らは一目散にリゼッタの元へと集まってくると、まるで森で戯れる動物たちかのように、リゼッタの周りを元気よく飛び回ったのだった。

 それを見て、ほとんどの生徒がリゼッタの特性を理解した。

 それからは珍しいもの見たさで注目を浴びていたが、二度三度リゼッタを狙った襲撃があった。それによって怪我をした生徒も居た。

 そんなことが続き、次第にリゼッタは腫れ物のように扱われ始めた。

 近づくと巻き込まれる――と。
 そもそもドラゴンに好かれるという現象自体を忌み嫌うものも居たりして、正直今のリゼッタの立場は良いものではなかった。

 それでもこうしてリゼッタは気丈に振る舞っている。俺があまり首を突っ込む問題でもないのかもしれない。

「あれ、リゼッタは?」

 お昼、リゼッタの姿が見当たらず、俺は思わずそう口走る。
 しかし、それに答える回答は聞こえてこない。

『どこだろう、やっぱりちょっと授業いやになっちゃったとか……』
「そんな……探そう」
『そうね』

 俺たちは手分けして学院を探し回る。
 学院は広いが、俺たちが行けるところは限られている。リゼッタが行くところといえば、なんとなく察しはつく。

 訓練場を抜け、森へと入る。
 しばらく進むと、塔が見える。とある魔物の管理塔だ。
 竜の巫女の話を聞いていた学院が、リゼッタの力を見たいと最初に案内した場所だ。

 入り口には大柄な管理者のおじさんが立ってる。

「あの――」
「あぁ、護衛の。中にいるよ」
「ありがとうございます」

 どうやら当たりのようだ。
 中に入ると、檻の前に座る金髪の少女を見つける。

 少女は檻の近くに寄っており、その少女により掛かるように檻の中のドラゴンが近づいている。そうそうお目にかかれる光景ではないのだろう。

「リゼッタ」
「ホロウ! ……どうしたんですか?」

 リゼッタはムクリと身体を上げる。

「ここに居たんだ」
「ええ、この子が私に懐いてくれているので、良く来てるんですよ」

 グルル、と短く喉を鳴らすドラゴン。
 俺でもわかる。ドラゴンがこんな拾った猫みたいななつき方をするのは異常だと。これが竜の巫女の力だ。

 このドラゴンは大きさはそこまでではないが、きっとそれでもかなりの力がある。こんなドラゴンが、リゼッタの意思で何十、何百と従ったら、それはとてつもない力となる。

 俺はリゼッタの隣に座る。

「どうしたんですか、お昼終わっちゃいますよ」
「ちょっと話したくて。どう、学校は」
「楽しいですよ、学びたかった魔術の学校ですから!」

 まあ、あまりまだ上手くは言ってないですけど、とリゼッタは楽しそうに笑う。

「そうか」

 なんて言ったら良いか。
 けど、リゼッタは落ち込んでるかもしれない。俺が、せめて友達の俺が気にかけてあげないと、リゼッタは嫌な思い出だけを持って国に帰ってしまうかもしれない。それは嫌だ。

「ねえ、リゼッタ」
「はい?」
「最近その……いろいろ陰口が聞こえてきてるけど……大丈夫?」
「…………あぁ!」

 リゼッタはぽん! と手のひらに拳を打ち付け、「そのことでしたか!」と声を上げる。

「全然気にしてないですよ」
「あ、あれ? 本当に……?」
「はい!」

 リゼッタはケロッとした顔で、いつものような太陽のような笑顔を見せる。

 その顔は、嘘を言っているようには見えない。

「心配してくれたんですね」
「そ、そりゃそうだよ……!」

 リゼッタはふふっと楽しそうに笑う。

「ありがとうございます。嬉しいです。確かに陰口は気持ちが良いものではないですけど、覚悟してきたものですから」
「覚悟?」

 リゼッタは頷く。

「私は竜の巫女。ただでさえ隣国から来ている上に、厄介ごとの種まで持ち込もうとしているんです。いい顔して迎えてくれる人ばかりではないことはわかってました。自分本位な決断だったとも思ってます」
「リゼッタ……」
「ですが、それでも私は魔術を学んでみたかった。だから今私は幸せなんです。覚悟は出来てましたし、言われても仕方ないと思ってます」
「仕方なくないよ」
「ホロウは優しいですね。私は、私と一緒に居てくれるホロウ達が居てくれればそれで十分です!」

 リゼッタはまた満面の笑みを見せる。
 どうやら、俺が思っている以上にリゼッタは強い少女だったみたいだ。そりゃそうだ、覚悟して、一人でこの国まで来てるんだから。

「はは、すごいよリゼッタは。女の子一人で他国なんて」
「ふふ、皇女ですから」
「俺たちはリゼッタの味方だからさ。いつでも頼ってよ」
「はい! 私も少しでも魔術を学んで帰れるようにがんばります!」
「俺もリゼッタのことばかり心配してられないな……」

 そうして、俺たちは二人で教室へと戻った。
 
◇ ◇ ◇

『うんうん、なるほどねえ。順調ではあるか』
「はい、もう期間もないですけど、今のところはリゼッタも無事です」

 俺はルシカの部屋で、ヴァレンタインとの定期連絡を行っていた。

『とはいえ、襲撃が何度かあった以上、警戒は続けてくれよ』
「もちろんです! リゼッタは俺が守ります」
『はは、頼もしいよ。こっちは結構いろいろ起こっている。各地で魔王教団が騒ぎを起こしてるんだ。今まで水面下だったのが、大分表に出てきている』
「魔王教団……」

 リーズたちの敵……あいつらだ。

『彼らの魔剣集めが加速しているらしい。王都の魔剣の守りも固めないといけないから、各地の守りが相対的に薄くなってしまう。君たちも気をつけてくれ。まあ、学院に彼らもようはないだろうが』
「ですね」
「いや、そんなことはない」

 不意に、後ろからルシカが話に割って入る。

「どういうことですか?」
「この学院にあると言っているんだ、魔剣が」
「!?」