「お願いします」

 クラスの皆が立つ場所から、一段高くなった闘技台と呼ばれる台の上に乗り、俺は正面に聳えるゴーレムに向かい合う。

 そしてカスミを抜刀すると、両手でグッと握る。

 すると、闘技台の下から聞こえてくる囁くような声。

「剣……?」
「確か“刀”とかいう特殊なやつだったような……お守りか?」
「魔剣士じゃね? けど、魔剣士なんてそんな高度なことCクラス落ちが出来るか?」
「恰好だけじゃねえの」

 刀を構える少年。
 クラスの皆が俺に注目し、その疑問を口々に小声で話し合っている。

 それはそうだろう。この魔術の学び舎で、腰に剣をぶら下げている生徒は皆無だろうし。生徒たちからすれば、気になって仕方がないはずだ。

 だが、脳内では喚くような声。

『きー! ホロウの剣術見せてあげたいわねあいつらに!』

 ぷんぷん! と擬音が鳴りそうな程の金切り声。
 カスミが頬を膨らませ地団駄を踏んでいる映像が容易に浮かんでくる。

「あはは……まあまあ、ここ魔術学院だし……」

 場違いなのは重々承知の上だ。

「今は授業に集中しようよ」
『大人だねえ……』

 不貞腐れたようなカスミの声。

 相手は目の前のゴーレム。
 一発目の授業は、ゴーレムを的にした魔術の基礎訓練だ。

 途中入学と言うこともあり、俺とリゼッタがどこまでやれるかを見るらしい。

「よし、いいか?」

 ゴーレムの脇に立つ、ごわっとした髪をした無精ひげを生やした男――この授業の先生が、俺を見て言う。

「もう一度言うが、やり方はいたって簡単だ。お前たちの得意な魔術を使ってこのゴーレムを攻撃しろ。耐久はB相当。それなりの魔術を使わないと傷もつかない。中にはこの学年ですでにゴーレムの一部を抉るような生徒もいるが、Cクラスであるお前たちにそこまで求めてはいない」

 先生は肩を竦める。

「まあ、要するに肩の力を抜け。セレイ、手本を」
「はい」

 呼ばれて、俺の後ろに立っていた青髪の少女が一歩前へ出る。
 そして、持っている長い杖をゴーレムに向けると、一気に魔術を放つ。

「“アイスランス”!」

 瞬間、杖の前に現われた魔法陣から射出される、氷の槍。
 それはものすごいスピードでゴーレム目掛けて飛んでいく。

「おお……!」

 そして、ガン! と激しい音が鳴り、ゴーレムへと命中する。

「――よし。右腕破壊か。さすがCクラス主席」

 ゴーレムは、その右腕――正確には右肩から、抉るように破壊されていた。

「ありがとうございます」
「とまあ、彼女がCクラスでトップの魔術師だ。破壊力だけで言えば上のクラスにも引けを取らない。こんな感じで、お前たちの魔術を見せてくれ」

 先生はゴーレムに触れると、その右腕が一気に修復していく。

「凄いね」
『ゴーレムね……厄介なのよねえ、何度壊しても再生して立ち向かってくる。アンデッドなんかより、よっぽど厄介よ』
「なるほど……先生も一流ってことだね」
「準備はいいか?」

 先生が俺に向けて声をかける。

「は、はい!」
『がんばれ、ホロウ! 魔術なんかなくても魔術以上のことが出来ることを見せてやりなさい!』

 俺は静かに頷く。

 今まで通りだ。俺は魔術が使えない。
 魔力は俺にとっては毒で、魔術に嫌われている。

 けど、その憧れはまだ捨てられていない。
 
 それでも、俺は剣術を極めて、さらに上を目指すと決めたんだ。

 極めた剣術は、きっと魔術にも劣らない。

「ふぅ……」

 入試の時と同じ要領で。
 あのゴーレムを、この位置から切り伏せる……!

 距離にして約30メートル。

「行きます……!」

 俺はカスミを構え、体を捻るようにして後ろに引く。
 そして、体を一気に回転させ、刀を振りぬく。

「――“飛翔一閃”!!」
「!」

 瞬間、一気に吹き抜ける風。
 生徒たちも先生も、その風圧に思わず顔を腕で覆う。

 ヒュン――。

 と、何かの駆け抜ける音。
 そして、俺がカスミを鞘にしまう金属音が鳴り響く。

「……ん? 何か今したか?」
「動いてないような……てか素振りしただけのような……」
「えっと、何が――」

 瞬間、ゴーレムはその胴体を斜めに真っ二つに切断され、滑り落ちてきた上半身がドシン!! っと爆音を立てて地面へと落ちる。

「…………」
「「え?」」

 その光景に、全員が唖然としていた。
 理解できないものを見たとき、人は固まってしまうようだ。

「剣技……いや、え、魔術?」

 先生は目を見開き、興味深そうに自分のゴーレムの切断面を見る。

「飛ぶ斬撃……? え、いや風魔術か? なんだ……? ん?」

 完全に混乱し、頭にはてなが浮かび上がっている。

「刀を媒介とした風魔術……? 薙ぎ払いのスイングに魔術を乗せて威力を増したのか? 石弓の要領? ――いや、わからん!」
「えっと、どうですかね?」
「えっ!? あ、いや……ああ、ありがとう。よくわかったよ……」

 先生は頭をガシガシと掻きながら、困惑気味にゴーレムを再生させる。

 周りの生徒達も、ポカンと口を開け、今見た光景を必死に理解しようとしていた。

「ま、まあ風魔術か」
「だな」
「け、けどあれだけの破壊力ってAクラス以上なんじゃ……」
「……切れ味が鋭いだけだろ、別に破壊というわけじゃ……」

 口々に語る言葉は、先ほどよりも自信なさげだ。
 それを聞き、カスミは満足げに胸を張っている。

「ごほん、えーっと、次はリゼッタだな」
「は、はい!」
「がんばって」

 言うと、リゼッタは微笑み小さく頷く。

「つ、次はアーステラ帝国の皇女か。一体どんな魔術を使うのか」
「気を取り直して、お手並み拝見といこう」
「さすがに剣を使うとかいうのじゃなさそうだ」

 リゼッタは杖を構える。

「いつでもどうぞ」
「はい!」

 リゼッタは目を瞑り、静かに集中する。
 俺と違い、望んでこの魔術学院に入学してきたんだ。緊張は想像以上だろう。

 リゼッタは静かに「よし」と呟くと、パッと顔を上げる。
 そして、杖をゴーレムへ向けて掲げる。

 目の前には魔法陣が現れる。

「おい、あれ……ファイアボールの魔法陣じゃ」
「初級魔術か……。アーステラ帝国の皇女はいったいどんな魔術を使うかと思ったが……」
「普通だね。というか、ファイアボールじゃゴーレムは無理だろ……」

 懲りずに、生徒たちの嫌な会話が聞こえてくる。
 それに腹を立て、カスミが声を上げる。

『やっちゃいなさい、リゼッタ! あの試験の時の力見せるのよ!』
「聞こえてないから……」

 周りの声など全く気にもしない集中力で、リゼッタは魔術を発動する。

「――“ファイアボール”!!」

「ほら、やっぱ――――」

 刹那、目の前に現れたのは球と呼ぶにはあまりに大きすぎる炎の塊。
 一瞬にして火口に居るかのように周囲の気温が跳ね上がる。

 吹き抜ける熱風。周囲を照らす炎。ちりちりと皮膚が焼けるような鋭い痛み。

「太陽……?」

「いっけええええ!」

 その炎の塊を、リゼッタは思い切りゴーレムへと投げつける。
 が、しかし。

「――あぁ!?」

 そのコントロールは相変わらずで、ゴーレムを逸れて遠く何もない地面へと激突する。

 地面へと叩き付けられた炎の塊。
 その爆音と、吹き抜ける熱風。

 あまりの現象に、ゴーレムが無事かどうかなどもはや誰一人気にしていなかった。

「す、すみません……まったく傷をつけられませんでした……」

 リゼッタはしょぼんとした顔で俯く。

「いやいや、凄い魔術だったよ」
「そ、そうでしょうか?」
「うん!」

 俺はリゼッタの肩をポンと叩く。
 こんな威力の魔術、あの剣聖以来だよ。

 ファイアボールの落下地点は、爆発があったかのように大きなクレーターが出来上がっていた。

 それを見て、先生は少し考えた後、顎髭をじょりじょりと擦りながら言う。

「あー……ごほん。ゴーレムは無傷だが、まあ、なんだ…………お前達、何者?」