「魔術とは、その身をもって奇跡を起こす、超常の所業です」
このクラスの担任の先生は、腰のあたりまで伸ばした黒髪を左右に揺らしながら言う。
「この国では、その出自に関わらず殆どの人間が魔術を使えます。他国からは“魔術大国”と呼ばれる程の魔術の聖地。だからこそ、この国に魔術を学びに来る人も多い」
言いながら、先生は俺の隣に座るリゼッタを見る。
その視線に合わせて、周りの生徒達もこちらを見る。
リゼッタは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。
「新しい仲間です。一か月間の短期入学ですが、皆さん、粗相のないように」
パチパチパチ、とクラスから歓迎の拍手が鳴る。
さすがエリート魔術学院というだけあって、皇女だとわかっても何か奇異の視線を向けるような生徒はいない。
「そして、隣がホロウ・ヴァーミリア」
瞬間、ざわっとクラスがどよめく。
「えっ……と……?」
なんだろう、リゼッタの時より動揺が広がっているような。
すると、斜め前の席に座る生徒のヒソヒソ声が聞こえる。
「ヴァーミリアって、あの?」
「鬼人クエンさんのご家族……?」
き、鬼人……!?
瞬間、頭の中で甲高い声が響く。
『ぷっ……! あはは!! 鬼人て! あのいじめっ子が!』
ぷははは! と、腰に備え付けたカスミが大声で笑いだす。
久しぶりの本気の大笑いだ。
「ちょ、ちょっと声が大きいよ!?」
『だ、だって……! ぷぷぷ……! あのクエンが……そんな訳の分からない呼び名……! 駄目だ、堪えられない!!』
カスミの大笑いは留まることを知らない。
もし人型だったら、今頃大口を開けて身体を仰け反り、バシバシと机を叩いていただろう。
「お、面白いけど確かに……! けど今そんな声で笑われると――」
「どうかしましたか?」
「!」
先生の一言で、また視線が俺に集まる。
「あ、えっと……いえ、何でもないです……」
先生は怪訝な顔をすると、ご清聴願いますね、と俺を見て言う。
「す、すみません……」
くそう、カスミの声は他の人に聞こえないんだ。だから俺が独り言を言ってるみたいに……。
なんだか多くの人に囲まれて生活するって意外と今まで無かったから、これまで以上にカスミに関しては注意しないとな。
『まあまあ、気を付ければ大丈夫だよ』
「カスミのせいだから……」
それにしても、鬼人て……クエン兄さんはこの学院で一体何をしでかしたんだろう。
校長先生の話でもあったし、どうやらうちの兄さんたちはかなり有名なようだ。
ヴァーミリア家……。父さんが魔術にこだわるように、それだけ魔術に対して絶対的な自信のある家だったんだろうな。
今なら、俺を忌み嫌ったあの家の事情が、何となく理解できてしまう。
『ま、ホロウが一番強いけどね。自信もって!』
『ありがとう。俺も、今はただ強くなることだけを求めてがんばるつもりだよ』
「えーそれでは、本日の授業を始めるわ。まずは――――」
◇ ◇ ◇
初日の授業は何とか終了し、俺とリゼッタは食堂に来ていた。
学内の食堂は全生徒無料で朝昼晩の食事をとることが出来る。
料理は国有数のシェフが全て作り上げ、ビュッフェ形式で好きな物を取って食べられる。さすがはエリート魔術学校だ。ほとんどが貴族の生徒であり、その格式も高い。
もちろんこの時間も夕食の生徒でにぎわっている。
「どう、リゼッタ様。学校の授業は?」
「さいっっっこうです!!」
リゼッタは目を輝かせ、興奮してブンブンと両腕を振り回す。
「こんな魔術の奥深さがあったなんて、私初めて知りました……!」
「あはは、それは良かったです」
今まで魔術をコントロールするという概念さえ知らなかったのだ。
まさに磨けば光る原石。俺とは違い、魔術の才能に溢れた皇女様なのだ。
「えっと、ホロウ君」
「はい?」
「同じクラスですし、敬語はいらないですよ」
「えっ! いやいや、だって一応皇女様だし、失礼があったら――」
しかし、リゼッタは頭を振る。
「私はここに学びに来たのです。誰かに敬われるためじゃありませんから。だから、同じクラスのご学友として接して貰えますか?」
リゼッタの目は真剣だ。
確かに、変に距離感がある方がリゼッタとしても接し辛いだろうな。
「……うん、わかったよ。よろしくね、リゼッタ」
「はい!」
リゼッタの顔がパーっと明るくなる。
「なんだか楽しそうね、二人とも」
「セシリア!」
Aクラスの授業を終えたセシリアが、リゼッタの席の隣に座る。
「どうだったの、Aクラスの授業は」
俺達Cクラスの授業は確かに目からうろこが落ちるほどの授業だった。
まあ、俺は魔術を使えないから本当の意味では理解できていないんだろうけど。
だが、Aクラスはさらに上のクラスだ。きっとすごい授業なんだろう。
「どうもこうも無いわよ。……世界って広いのね。カスミやホロウと会った時も思ったけど、私の独壇場だったはずの魔術でも思うなんて」
そう言って、セシリアは微妙な顔をして溜息をつく。
「相当レベルが高かったんだ」
「ええ。きっと実戦じゃあ私の方が上だと思うけれど、単純な魔術の実力じゃあ、私まだまだだと感じてしまったわ」
「そうなんだ……」
あのセシリアがそこまで言うとは、かなりレベルが高そうだ。
「けど、私はまだ学び始めて一日目よ。一か月の間に全員抜き去ってやるわ」
セシリアは闘志に燃えた目をしている。
「さすがですね、セシリアさん。私も絶対追いつきますよ!」
「ええ、私達、がんばりましょう……!」
セシリアとリゼッタはガシっと熱い握手を交わす。
魔術が好きな二人は、あっと言う間に意気投合した。
こうして、俺達の学校生活が始まった。
一か月と短い、魔術漬けの日々が。
このクラスの担任の先生は、腰のあたりまで伸ばした黒髪を左右に揺らしながら言う。
「この国では、その出自に関わらず殆どの人間が魔術を使えます。他国からは“魔術大国”と呼ばれる程の魔術の聖地。だからこそ、この国に魔術を学びに来る人も多い」
言いながら、先生は俺の隣に座るリゼッタを見る。
その視線に合わせて、周りの生徒達もこちらを見る。
リゼッタは恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。
「新しい仲間です。一か月間の短期入学ですが、皆さん、粗相のないように」
パチパチパチ、とクラスから歓迎の拍手が鳴る。
さすがエリート魔術学院というだけあって、皇女だとわかっても何か奇異の視線を向けるような生徒はいない。
「そして、隣がホロウ・ヴァーミリア」
瞬間、ざわっとクラスがどよめく。
「えっ……と……?」
なんだろう、リゼッタの時より動揺が広がっているような。
すると、斜め前の席に座る生徒のヒソヒソ声が聞こえる。
「ヴァーミリアって、あの?」
「鬼人クエンさんのご家族……?」
き、鬼人……!?
瞬間、頭の中で甲高い声が響く。
『ぷっ……! あはは!! 鬼人て! あのいじめっ子が!』
ぷははは! と、腰に備え付けたカスミが大声で笑いだす。
久しぶりの本気の大笑いだ。
「ちょ、ちょっと声が大きいよ!?」
『だ、だって……! ぷぷぷ……! あのクエンが……そんな訳の分からない呼び名……! 駄目だ、堪えられない!!』
カスミの大笑いは留まることを知らない。
もし人型だったら、今頃大口を開けて身体を仰け反り、バシバシと机を叩いていただろう。
「お、面白いけど確かに……! けど今そんな声で笑われると――」
「どうかしましたか?」
「!」
先生の一言で、また視線が俺に集まる。
「あ、えっと……いえ、何でもないです……」
先生は怪訝な顔をすると、ご清聴願いますね、と俺を見て言う。
「す、すみません……」
くそう、カスミの声は他の人に聞こえないんだ。だから俺が独り言を言ってるみたいに……。
なんだか多くの人に囲まれて生活するって意外と今まで無かったから、これまで以上にカスミに関しては注意しないとな。
『まあまあ、気を付ければ大丈夫だよ』
「カスミのせいだから……」
それにしても、鬼人て……クエン兄さんはこの学院で一体何をしでかしたんだろう。
校長先生の話でもあったし、どうやらうちの兄さんたちはかなり有名なようだ。
ヴァーミリア家……。父さんが魔術にこだわるように、それだけ魔術に対して絶対的な自信のある家だったんだろうな。
今なら、俺を忌み嫌ったあの家の事情が、何となく理解できてしまう。
『ま、ホロウが一番強いけどね。自信もって!』
『ありがとう。俺も、今はただ強くなることだけを求めてがんばるつもりだよ』
「えーそれでは、本日の授業を始めるわ。まずは――――」
◇ ◇ ◇
初日の授業は何とか終了し、俺とリゼッタは食堂に来ていた。
学内の食堂は全生徒無料で朝昼晩の食事をとることが出来る。
料理は国有数のシェフが全て作り上げ、ビュッフェ形式で好きな物を取って食べられる。さすがはエリート魔術学校だ。ほとんどが貴族の生徒であり、その格式も高い。
もちろんこの時間も夕食の生徒でにぎわっている。
「どう、リゼッタ様。学校の授業は?」
「さいっっっこうです!!」
リゼッタは目を輝かせ、興奮してブンブンと両腕を振り回す。
「こんな魔術の奥深さがあったなんて、私初めて知りました……!」
「あはは、それは良かったです」
今まで魔術をコントロールするという概念さえ知らなかったのだ。
まさに磨けば光る原石。俺とは違い、魔術の才能に溢れた皇女様なのだ。
「えっと、ホロウ君」
「はい?」
「同じクラスですし、敬語はいらないですよ」
「えっ! いやいや、だって一応皇女様だし、失礼があったら――」
しかし、リゼッタは頭を振る。
「私はここに学びに来たのです。誰かに敬われるためじゃありませんから。だから、同じクラスのご学友として接して貰えますか?」
リゼッタの目は真剣だ。
確かに、変に距離感がある方がリゼッタとしても接し辛いだろうな。
「……うん、わかったよ。よろしくね、リゼッタ」
「はい!」
リゼッタの顔がパーっと明るくなる。
「なんだか楽しそうね、二人とも」
「セシリア!」
Aクラスの授業を終えたセシリアが、リゼッタの席の隣に座る。
「どうだったの、Aクラスの授業は」
俺達Cクラスの授業は確かに目からうろこが落ちるほどの授業だった。
まあ、俺は魔術を使えないから本当の意味では理解できていないんだろうけど。
だが、Aクラスはさらに上のクラスだ。きっとすごい授業なんだろう。
「どうもこうも無いわよ。……世界って広いのね。カスミやホロウと会った時も思ったけど、私の独壇場だったはずの魔術でも思うなんて」
そう言って、セシリアは微妙な顔をして溜息をつく。
「相当レベルが高かったんだ」
「ええ。きっと実戦じゃあ私の方が上だと思うけれど、単純な魔術の実力じゃあ、私まだまだだと感じてしまったわ」
「そうなんだ……」
あのセシリアがそこまで言うとは、かなりレベルが高そうだ。
「けど、私はまだ学び始めて一日目よ。一か月の間に全員抜き去ってやるわ」
セシリアは闘志に燃えた目をしている。
「さすがですね、セシリアさん。私も絶対追いつきますよ!」
「ええ、私達、がんばりましょう……!」
セシリアとリゼッタはガシっと熱い握手を交わす。
魔術が好きな二人は、あっと言う間に意気投合した。
こうして、俺達の学校生活が始まった。
一か月と短い、魔術漬けの日々が。