受験生は俺と金髪の皇女様、そして。

「私も試験受けさせてくれるなんて、剣聖様はいい人ね」

 セシリアだ。

 ヴァレンタインとの話の中で、皇女様が女性であることから、女子もいた方が何かと護衛しやすいだろうという配慮で、特例的に許可された。

「いやいや、俺の方が心強いよ。ありがとうね、セシリア」
「ううん。私もいつかはリグレイスで学びたいと思ってたから。まあ、受からないと始まらないんだけど……」

 とセシリアは苦笑いする。
 
「セシリアなら大丈夫だよ! 試験の時もすごい魔術だったし、ほら、カレンさんとかにも魔術を教わってたんでしょ? きっと大丈夫だよ!」
「…………」

 セシリアは不意に無言になる。
 ちょっと俯き、くるくると髪をいじる。

「あ、あれ……」
『もう……ホロウは鈍感なんだから。天然なんだか』

 と、カスミはため息を漏らす。
 な、なんだろう……ちょっとよくわからないけど……。

「素直すぎよ、まったく。子供だからしょーがないけど」
「いや、あんまり変わらないでしょ?」

 やれやれ、とセシリアは肩を竦める。

「それより……」

 俺はリゼッタ皇女の方を見る。

 金色の髪に、綺麗に編まれた髪。
 しゃんと伸ばした背筋は、高貴な出自を思わせる。

 手を前でそっと合わせ、ちらりとこちらを見る。

「あ、えっと……」
「よろしくね、私はセシリア」

 セシリアは率先して自己紹介をする。

「あぁ! 貴女が! ではそちらの方は……」
「ホ、ホロウです。よろしく……!」

 なんだか改まっての自己紹介は恥ずかしく、俺は思わず言葉が詰まる。

「ホロウとセシリア! よろしくお願いしますね。私はリゼッタ・アーステラ。アーステラ帝国からまいりました。我が国はそれほど魔術教育が成熟していないため、独学と家庭教師を雇っての勉強を行ってきましたが、この度交換留学制度を利用させていただきまして、短い間ですがよろしくお願いいたします!」

 と、リゼッタは深々とお辞儀をする。

『うわ、完璧皇女様じゃない』
「すごい自己紹介だ……さすがだね」

 すると、試験官の女性がパンパンと手を叩く。

「挨拶も良いですが、集中してください。短い間というのが、この試験期間だけになってしまいますよ」

 試験官は、くいっと眼鏡を上げる。

 その言葉で、俺たちは気合を入れる。
 そうだ、この試験を合格しなければ俺たちはリグレイスには入学できないのだ。

「リグレイス魔術学院は神聖なる魔術の聖域。如何なる富、権力であれ、不正入学は許しません。これから行われる試験に合格し、しっかりと短期編入を成し遂げてください。いいですね?」
「「「はい!」」」

◇ ◇ ◇

「では、まず魔術操作と威力の試験から」

 言いながら、試験官は訓練場中央にある人型のゴーレムを指さす。
 その距離は、約100メートル。

「破壊、あるいは破損を狙ってください。まずは、セシリア、前は」
「はい!」

 セシリアは呼ばれて前へ出る。

「頑張って!」

 セシリアは頷く。

「そこの印に立ってください。――そう、でははじめ」

 セシリアは腰から杖を取り出す。

 それを振ると、カンカン! と音が鳴り、短かった杖が一本の長い杖へと変形する。
 先端にはクリスタル。

 セシリアは杖を縦に持つと、ふぅっと精神を集中させる。

「……いきます」

 そして、杖をゴーレムへと向ける。

「“ウォーター・スピア”!!」

 セシリアの後方に生成された細長い水の槍。
 それが、超高速で射出される。

 それは水の飛沫を巻き上げながら、ゴーレムめがけて飛翔し、そして。

 ズガアアアン!!

 それはゴーレムの心臓部分に深々と突き刺さる。

「! お見事」

 試験官がパチパチと拍手する。

 突き刺さった槍はバシャッと音を立て、水に戻っていく。

 セシリアはぺこりと頭を下げると俺たちの元へと戻ってくる。

 さすがセシリアだ。あんな真っすぐに的を……。
 というか、俺にあの距離の的を破壊できるのか……?

『いけるよ、ホロウなら。見せつけよ!』
「いや、と言っても俺のは魔術じゃなくて……」
『いいのいいの、超常の力なら全部魔術なんだから』

 と、なぜだか自信満々なカスミ。
 不安しかない……。

「次、ホロウ。前へ」
「は、はい!」

 俺はゆっくりと印まで歩いていき、ゴーレムを見据える。

 思ったより遠い。

「…………ふぅ」
『行けるよ、いつも通りに』

 俺は静かに頷く。
 魔術なんか使えないんだ。ヴァレンタインさんと話していた通り、俺の剣術でそれをひっくり返すしかない。

「魔剣士ですか。いいですね、では、はじめ」
「――行きます」

 俺は腰を落とし、腰に納刀したカスミをそっと握る。

 少しの間の静寂。
 そして、ぎゅっと柄を握り、呼吸が整ったところで思い切りカスミを引き抜く。

「“飛翔”!!」
「!!」

 勢いよく抜いた刀は、その軌跡を残し空を切り裂く。
 飛ぶ斬撃。

 横一線に放たれた飛ぶ斬撃は、一瞬にしてゴーレムに到達する。

「……お、終わりですか?」
「はい」
「刀を抜いただけではゴーレムは――」

 ガコン。

「!?」

 瞬間、ゴーレムの胴体が切り裂かれ、上半分が地面に落ちる。
 その切断面は、美しいほどに真っすぐだ。

「ゴーレムが切断されている……!?」

 試験官は驚きのあまり眼鏡を少し下げ、まじまじと見つめる。

「い、今のは魔術……ですか……?」
「え、いや――」
『はいって言いなさい!』
「は、はい…‥」

 なんだか嘘つくの気まずいな……。

「そ、そうですか……いえ、疑っている訳ではありませんよ? あんなに見事な剣術は見たことなかったものですから。なるほど、魔剣士は奥が深いですね、勉強しておきます」
「い、いえいえ」

 俺はほっと胸をなでおろし、もとに位置に戻る。
 セシリアはにこりと笑い、頷く。

「では、次。リゼッタさん。前へ」
「は、はい!」

 リゼッタは緊張した面持ちで前へ出る。
 
 それはそうだ、異国の地で、自分の魔術を試すのだ。その緊張は計り知れない。

 リゼッタは静かに胸に手を置き、呼吸を整える。
 その姿ですら高貴な感じだ。

「行きます!」

 リゼッタは手に持った長い杖を前に掲げる。
 先端に備え付けられたクリスタルは、螺旋を描いている。

 そして。

「“ホーリー・レイ”……!!」

 瞬間。

 リゼッタの正面に浮かぶ大きな魔法陣。

「えっ」
「すごい……!」

 それは、規格外の魔術を思わせた。
 これが、皇女の力……!

「いっけええええ!!」

 真っすぐに突き進む、聖なる光。
 これを食らえば、ゴーレムは跡形もなく消え去るだろう。

 ――と思われたが。

「あ、や、やめてえええ!」
「「「えっ」」」

 その光は急激に左に曲がると、ゴーレムとは明後日の方――つまり、壁の方に向かいそして。

 ドガアアアアン!!!!

 とけたたましい音を上げ、激突する。
 そして、大量の煙が巻き上がる。

「…………またやってしまった……」

 リゼッタは真っ青な顔で杖を胸の前に抱える。

 煙が晴れ、見るとそこには、巨大な大穴が開いていた。
 穴からは外の景色が見えている。

「…………ごめんなさい、私……コントロールが下手で……」

 リゼッタはその立ち居振る舞いとは違い、破壊神という名を欲しいがままにしそうなとんでもない少女だった。