「ほ、本当!?」

 カスミが目を輝かせて身を乗り出す。

 ヴァレンタインは人相書きに視線を落したまま、短く「あぁ」と頷く。

 俺とカスミは顔を見合わせる。

「そ、それで一体どこで……?」

 俺は恐る恐るヴァレンタインに問う。
 勝手な偏見だけど、ヴァレンタインはタダで情報を渡してくれるようなタイプには見えなかった。

 何か要求されるかもしれないが、俺が強くなるためだ。ここは致し方ない。

 カスミも神妙な面持ちで、じっとヴァレンタインを見る。

 ヴァレンタインは長い綺麗な金髪をかき上げると、俺とカスミを見る。

 一体何を要求されるのか――。

「彼は"ルシカ"。確かそう名乗っていたが、間違いないかい?」
「ルシカ……?」

 確かカスミの話だと、彼の名前はネルフェトラスだ。
 これは、別人のことを言っているのか……? いや、でも確かカスミは彼は名前を変えてるって……。

 すると、それを察してかカスミがこそっと俺に耳うちする。

「ルシカは何個か持ってる名前の一つよ」
「そうなんだ」

 今の名前はルシカ。
 彼が、俺を強くしてくれる人……吸血種。

「どうだい?」
「多分、ヴァレンタインさんが言っている人だと思います」
「それは良かった」
「ねえ、知ってるってだけじゃないでしょうね? ちゃんとあいつがどこにいるかまでも分かってるんでしょ?」

 カスミがじとーっとした目でヴァレンタインを見る。
 ヴァレンタインはその目を真っすぐに見返す。

「もちろんさ。中途半端な情報は渡す気はないよ。これでも剣聖だからね、顔はそれなりに広いんだ」
「凄いですね……。で、そのルシカさんは今どこに?」
「彼が君たちが探しまわっても見つからないのは当然のことさ」

 言いながら、ヴァレンタインは後ろに控える騎士の方に手を伸ばす。

 騎士は懐から丸まった紙を取り出すと、ヴァレンタインに渡す。

「ありがとう」

 ヴァレンタインはそれをテーブルの上に広げる。

「これって……地図?」
「あぁ、王都の地図だ。ここが今僕達が居る店だ」

 ヴァレンタインは街の南西区画にある密集したエリアを指す。

「そして、彼が居るのはここ」

 その指をそこから北西方向にずーっと動かした先。
 かなりの敷地面積を誇る建物の上で止まる。

「ここって……?」

 ヴァレンタインはニヤリと笑う。

「リグレイス魔術学院。この国を担う魔術師を育成する、有数の学び舎さ」
「リグレイス……!」

 兄さんたちが通っている魔術学院だ……!

 アラン兄さんはもう卒業して騎士になったけど、まだクエン兄さんが在学中のはず。

「魔術学院ねえ……確かにあいつならいてもおかしくないか」
「ルシカさんは今このリグレイス魔術学院で教鞭をとっている。知っての通り、魔術はその国の国力とイコールと言っていい。リグレイスは生徒の魔術の教育に加え、魔術研究も担っている聖域だ。だから、魔術学院の中は殆ど治外法権。私でさえ何重にも許可を取り付けないと中に入れない。完全寮制のうえ、教師も敷地内を出ることは殆どないのさ」
「だから見たことがある人がほとんどいなかったんだ……」

 閉ざされた魔術の学び舎。
 そりゃ、俺に縁何てある訳が無かった。魔術の使えない俺が。

 あの日憧れた魔術。俺には使うことは出来ないけど、それでもまだ魔術に対する憧れは胸の中に残っている。

「――あっ」

 と、そこであることに気が付く。

「あの、ヴァレンタインさんでさえ中に入れないなら、俺達がルシカさんに会うなんて無理なんじゃ……」
「そうだね、簡単にはいかないよ。会うならそれなりに正当な理由が居る。久しぶりに会いたいから、なんてのじゃ無理だろうね」
「そんな……」

 目と鼻の先に居ることが分かった。なのに会うこともままならないなんて。
 カスミの知り合いだしすぐ会えると思っていたけど、そう簡単じゃないみたいだ。

「ねえ、それだけ、何て言わないわよね?」
「カスミ?」
「まだ何かあるんでしょ? だからここに来た。まさか、ホロウと雑談してちょっと人探しを手伝う為だけに姿を見せた、何てわけないわよね」

 カスミの何かを見透かすような視線を受け、それでもヴァレンタインはにこやかに笑みを浮かべる。

「嫌だな、僕がホロウ君に興味があるのは知ってるだろ? 気軽に会いに来ちゃいけないかい?」

 笑顔のヴァレンタインと、探るようにじっと見るカスミ。
 何だかほんの少しの緊張感が漂ったところで。

「――そういえば」

 と、ヴァレンタインが口を開く。

「リグレイスと言えば、今僕はそれについて問題を抱えていたんだ。偶然にも」
「ぐ、偶然って……」
「もしかしたら、君たちが学院に入る手助けになるかもしれない。聞いていくかい?」

 白々しいわね、とカスミはため息交じりに漏らす。

「もちろんです……!」
「良かった。あまり大きな声で言えない話でね。詳しくは僕の宿で。端的に言うと――とある人物の護衛をお願いしたい」