「リ、リーズさん達が……」
キルルカさんが、その表情を曇らせる。
きっと冒険者をしている以上、死というのはそんなに珍しいものではないはずだ。
だが、キルルカさんは自分のことの様に悲しんでいた。
「リーズさんたちはホロウ君の良き理解者だったわ。このまま一人で過酷な道を進んでいくのかしらとホロウ君を心配していたけれど、彼らと出会って……。彼らとならきっともっと上手くやっていけると私も凄く嬉しかったんだけど……」
「ごめんなさい……」
「あっ、ホロウ君が謝る必要は全くないわ!」
キルルカさんは慌てて否定する。
「冒険者よ、こういうことがあるのは日常なの。自分のせいだなんて思わないで」
リーズにも同じことを言われた。
けれど今の俺には、決してそんな風には思えなかった。
後ろに立つカスミが、握った拳にそっと手を添える。
「けど、リーズ達をやったのは、魔物や迷宮じゃなくて……切り裂き魔だ」
「ええ。今騎士達が捜索してくれているわ。もともと被害者は多くて捜査はしていたから、今回の件で捜査が更に進展するとは思えないけれど……」
逃がしてしまったのは本当に痛手だった。
あそこで捕まえられたのは俺しかいなかったのに。
怒りで殺意が湧いて、結局怖気づいて何もできなかった。
「切り裂き魔も基本的には武器を持つ冒険者を狙っていたわ。リーズさん達がホロウ君のせいで狙われた訳じゃない。気を落とし過ぎないでね。今は無理だろうけど、時間が解決してくれるわ。ね?」
「…………」
そうして、キルルカさんやカレンさんたちに慰められ、俺は宿屋へと戻った。
殆ど気力も残っておらず、慰められた言葉の中身まではまったく覚えていなかった。
薄暗い部屋の中、倒れこむようにベッドに飛び込む。
シーンとした部屋の中、また一人になってしまったという実感が込み上げてくる。
「ホロウ……」
「…………」
カスミが、そっと横に腰を下ろす。
そして、俺の手を握る。
「今日は寝ましょう。ホロウは頑張ったよ」
そう言って、カスミが額にキスをする。
俺はそのまま目を瞑った。
◇ ◇ ◇
結局寝れず、夜にカスミを置いて宿を抜け出していつもの酒場、不夜城へと気付いたら足を運んでいた。
相変わらず中からは賑やかな喧噪が聞こえてくる。
しかし、もうそこにいつもの皆はいない。
中に入ることも出来ず、そのまま素通りしてただただ夜道を歩く。
少し行ったところにベンチがあり、そこに腰かける。
無力感と虚しさが込み上げてくる。
後悔ばかりだ。人を守れるくらい強くなりたかった。魔術が使えなくてもそれが出来ると証明したかった。
しかし結果は、もしかすると、あのパーティに入っていたのが俺じゃなくてちゃんとした魔術師だったら――
「それは違うよホロウ。間違っちゃ駄目」
「カスミ……」
暗闇からカスミの声が聞こえる。
どうやらこっそりついてきていたようだ。宿屋で目を開けたときには隣でグースカ寝ていたくせに。
「違うって言うけど……実際俺がもっと早くジェネラルオークを倒せていれば、リーズ達が戦う前に間に合ってたかもしれない」
「それはホロウの代わりに魔術師が入っていたとしても変わらないことだよ。結果論よ」
「けど……」
「リーズ達もホロウのことを凄いと言ってくれてた。彼らのことを信じられないの?」
「それは……」
カスミは、じっとこちらを見てくる。
「けど、あの女――リディアは、魔剣を狙っていた。俺が……俺がリーズ達に近づかなければ、きっと巻き込まれることも無かった」
「あの女はその前から武器を持っている人間に勝負を仕掛けて殺していたわ。今回たまたまホロウの情報を得た後だったから狙われただけで、あの女から狙われる可能性はいつだってあったわ」
頭がこんがらがってくる。
けど、自分が悪かったとでも思わないと、何もわからなくなる。
何が悪かったのか。
確かにカスミの言う通り、完全に俺が悪かったということはないんだと思う。けど、その一因になったのは間違いないんだ。
「リーズ達を巻き込んじゃったって思う気持ちもわかるけど、自分を否定していたらリーズ達にまた怒られちゃうよ?」
「それは……」
そうだ、リーズはきっと俺のことを否定しない。だって、間違いなくあの瞬間俺たちはパーティだったんだ。
誰かと一緒にいることの楽しさを教えてくれたのはリーズ達だ。
ここで人を遠ざけてしまったら、俺はまたあの家にいたときのような人生に逆戻りだ。
思い出すあの家での虐げられた日々。
それが、剣を身に着けて、カスミと出会ったことでより前向きに生きていこうと思えるようになった。
だとしたら、俺が生きていくこと。俺が前を向いて生きていくために必要なことはもう決まっている。
――強くなることだ。
今よりもっと。
自分の心を制御できなかった弱さ。自分の剣の弱さ。そして魔術が使えないと言ってカスミの魔剣としての力から目を逸らしてきた弱さ。
自分の弱さが、全ての原因だ。
強ければ、失うことはない。
「――ありがとうカスミ」
「きゅ、急にどうしたのよ」
カスミは照れ臭そうに髪を耳に掛ける。
「おかげでちょっと冷静になれたよ」
「そう」
「俺もっと強くなるよ。自分が守りたいものを守れるように」
「ふふ、ちょっとはいい顔つきになったじゃない。それでこそ私のホロウだよ!」
カスミはぐいぐいと俺の頬を突く。
「や、やめろよ」
「どこまでも一緒なんだからさ、一緒に強くなろうよ」
「うん、ありがとう」
俺はそう誓ったのだった。
リーズさん達のことは忘れない。そして、仇は絶対に取る。
◇ ◇ ◇
「聞いたわよ……。大丈夫、ホロウ?」
翌日、セシリアが眉を八の字にしてそう声をかけてくる。
冒険者の死というのは広まるのが早いようだ。
「うん、ちょっとは立ち直れた……かな」
「それならいいんだけれど。何か手伝えることがあったら言ってね? 同期のよしみよ」
セシリアは優しい顔を見せる。
本当に、俺はいい人達に恵まれた。周りにはいい人ばかりだ。
セシリアもカスミが魔剣だと知っている。
もしそれが知れ渡れば、セシリアも狙われてしまうかもしれない。そんなことは絶対にさせない。
やはり、強くならなきゃ。
魔王教団……その実態はわからないけど、奴らについても知る必要がある。
カスミを狙っているんだ。リディアを逃がしてしまった以上、その情報はその教団内で広まってしまっているかもしれない。
じっとカスミを見ていると、カスミはパスタを啜りながら不思議そうに首をかしげる。
あの戦いの途中でカスミは何か変だった。
カスミの記憶に何か鍵があるんだろうけど、あれ以来カスミに何か思い出せることはなかった。
「それじゃあ、本当に何かあったら言ってね。無理しない様にね」
「うん、ありがとう。セシリアも気を付けてね」
そう言って、俺はセシリアと別れる。
「いい子だね、セシリア」
「ああ。巻き込めないよ、セシリアは」
「ねえ、ホロウ。一つ提案があるんだけど」
「何?」
カスミは口元についた汚れをフキンで拭うと、じっとこちらを見る。
「強くなりたいなら、今のホロウにうってつけの人が居るんだけど」
「! それって……」
カスミは周りに声が聞こえないように近づき、小声でこう告げる。
「ネルフェトラス――現存する最後の吸血種よ」
キルルカさんが、その表情を曇らせる。
きっと冒険者をしている以上、死というのはそんなに珍しいものではないはずだ。
だが、キルルカさんは自分のことの様に悲しんでいた。
「リーズさんたちはホロウ君の良き理解者だったわ。このまま一人で過酷な道を進んでいくのかしらとホロウ君を心配していたけれど、彼らと出会って……。彼らとならきっともっと上手くやっていけると私も凄く嬉しかったんだけど……」
「ごめんなさい……」
「あっ、ホロウ君が謝る必要は全くないわ!」
キルルカさんは慌てて否定する。
「冒険者よ、こういうことがあるのは日常なの。自分のせいだなんて思わないで」
リーズにも同じことを言われた。
けれど今の俺には、決してそんな風には思えなかった。
後ろに立つカスミが、握った拳にそっと手を添える。
「けど、リーズ達をやったのは、魔物や迷宮じゃなくて……切り裂き魔だ」
「ええ。今騎士達が捜索してくれているわ。もともと被害者は多くて捜査はしていたから、今回の件で捜査が更に進展するとは思えないけれど……」
逃がしてしまったのは本当に痛手だった。
あそこで捕まえられたのは俺しかいなかったのに。
怒りで殺意が湧いて、結局怖気づいて何もできなかった。
「切り裂き魔も基本的には武器を持つ冒険者を狙っていたわ。リーズさん達がホロウ君のせいで狙われた訳じゃない。気を落とし過ぎないでね。今は無理だろうけど、時間が解決してくれるわ。ね?」
「…………」
そうして、キルルカさんやカレンさんたちに慰められ、俺は宿屋へと戻った。
殆ど気力も残っておらず、慰められた言葉の中身まではまったく覚えていなかった。
薄暗い部屋の中、倒れこむようにベッドに飛び込む。
シーンとした部屋の中、また一人になってしまったという実感が込み上げてくる。
「ホロウ……」
「…………」
カスミが、そっと横に腰を下ろす。
そして、俺の手を握る。
「今日は寝ましょう。ホロウは頑張ったよ」
そう言って、カスミが額にキスをする。
俺はそのまま目を瞑った。
◇ ◇ ◇
結局寝れず、夜にカスミを置いて宿を抜け出していつもの酒場、不夜城へと気付いたら足を運んでいた。
相変わらず中からは賑やかな喧噪が聞こえてくる。
しかし、もうそこにいつもの皆はいない。
中に入ることも出来ず、そのまま素通りしてただただ夜道を歩く。
少し行ったところにベンチがあり、そこに腰かける。
無力感と虚しさが込み上げてくる。
後悔ばかりだ。人を守れるくらい強くなりたかった。魔術が使えなくてもそれが出来ると証明したかった。
しかし結果は、もしかすると、あのパーティに入っていたのが俺じゃなくてちゃんとした魔術師だったら――
「それは違うよホロウ。間違っちゃ駄目」
「カスミ……」
暗闇からカスミの声が聞こえる。
どうやらこっそりついてきていたようだ。宿屋で目を開けたときには隣でグースカ寝ていたくせに。
「違うって言うけど……実際俺がもっと早くジェネラルオークを倒せていれば、リーズ達が戦う前に間に合ってたかもしれない」
「それはホロウの代わりに魔術師が入っていたとしても変わらないことだよ。結果論よ」
「けど……」
「リーズ達もホロウのことを凄いと言ってくれてた。彼らのことを信じられないの?」
「それは……」
カスミは、じっとこちらを見てくる。
「けど、あの女――リディアは、魔剣を狙っていた。俺が……俺がリーズ達に近づかなければ、きっと巻き込まれることも無かった」
「あの女はその前から武器を持っている人間に勝負を仕掛けて殺していたわ。今回たまたまホロウの情報を得た後だったから狙われただけで、あの女から狙われる可能性はいつだってあったわ」
頭がこんがらがってくる。
けど、自分が悪かったとでも思わないと、何もわからなくなる。
何が悪かったのか。
確かにカスミの言う通り、完全に俺が悪かったということはないんだと思う。けど、その一因になったのは間違いないんだ。
「リーズ達を巻き込んじゃったって思う気持ちもわかるけど、自分を否定していたらリーズ達にまた怒られちゃうよ?」
「それは……」
そうだ、リーズはきっと俺のことを否定しない。だって、間違いなくあの瞬間俺たちはパーティだったんだ。
誰かと一緒にいることの楽しさを教えてくれたのはリーズ達だ。
ここで人を遠ざけてしまったら、俺はまたあの家にいたときのような人生に逆戻りだ。
思い出すあの家での虐げられた日々。
それが、剣を身に着けて、カスミと出会ったことでより前向きに生きていこうと思えるようになった。
だとしたら、俺が生きていくこと。俺が前を向いて生きていくために必要なことはもう決まっている。
――強くなることだ。
今よりもっと。
自分の心を制御できなかった弱さ。自分の剣の弱さ。そして魔術が使えないと言ってカスミの魔剣としての力から目を逸らしてきた弱さ。
自分の弱さが、全ての原因だ。
強ければ、失うことはない。
「――ありがとうカスミ」
「きゅ、急にどうしたのよ」
カスミは照れ臭そうに髪を耳に掛ける。
「おかげでちょっと冷静になれたよ」
「そう」
「俺もっと強くなるよ。自分が守りたいものを守れるように」
「ふふ、ちょっとはいい顔つきになったじゃない。それでこそ私のホロウだよ!」
カスミはぐいぐいと俺の頬を突く。
「や、やめろよ」
「どこまでも一緒なんだからさ、一緒に強くなろうよ」
「うん、ありがとう」
俺はそう誓ったのだった。
リーズさん達のことは忘れない。そして、仇は絶対に取る。
◇ ◇ ◇
「聞いたわよ……。大丈夫、ホロウ?」
翌日、セシリアが眉を八の字にしてそう声をかけてくる。
冒険者の死というのは広まるのが早いようだ。
「うん、ちょっとは立ち直れた……かな」
「それならいいんだけれど。何か手伝えることがあったら言ってね? 同期のよしみよ」
セシリアは優しい顔を見せる。
本当に、俺はいい人達に恵まれた。周りにはいい人ばかりだ。
セシリアもカスミが魔剣だと知っている。
もしそれが知れ渡れば、セシリアも狙われてしまうかもしれない。そんなことは絶対にさせない。
やはり、強くならなきゃ。
魔王教団……その実態はわからないけど、奴らについても知る必要がある。
カスミを狙っているんだ。リディアを逃がしてしまった以上、その情報はその教団内で広まってしまっているかもしれない。
じっとカスミを見ていると、カスミはパスタを啜りながら不思議そうに首をかしげる。
あの戦いの途中でカスミは何か変だった。
カスミの記憶に何か鍵があるんだろうけど、あれ以来カスミに何か思い出せることはなかった。
「それじゃあ、本当に何かあったら言ってね。無理しない様にね」
「うん、ありがとう。セシリアも気を付けてね」
そう言って、俺はセシリアと別れる。
「いい子だね、セシリア」
「ああ。巻き込めないよ、セシリアは」
「ねえ、ホロウ。一つ提案があるんだけど」
「何?」
カスミは口元についた汚れをフキンで拭うと、じっとこちらを見る。
「強くなりたいなら、今のホロウにうってつけの人が居るんだけど」
「! それって……」
カスミは周りに声が聞こえないように近づき、小声でこう告げる。
「ネルフェトラス――現存する最後の吸血種よ」