「呆れたわ……。あの質量の魔術ですら破壊してしまうのね」
リディアは今回ばかりはさすがに驚いたのか、その張り付いたような美人の顔に、興奮以外の感情が見える。
「それが魔剣ではなくあなたの力……ふふ、ふふふ。危険すぎる力だわ。私達の目的にとって、大きな障害となり得る」
私達……つまり、さっき零した魔王教団だ。
『そうみたいね。そして、その目的は恐らく魔剣集め』
だけど、魔剣なんて集めて何を……ただのコレクターじゃないでしょ、この攻撃性は。
「貴方、魔剣の真の意味を知っている?」
突然の質問に、俺は眉をひそめる。
魔剣の意味とはなんだろうか。
「わかるか?」
『さあ……私の意味……私――』
瞬間、ザザッ! と何かが脳を駆け抜ける。
「!」
それは、カスミから伝わるイメージ。
カスミの頭の中のノイズ。
『な、なんだろう……何か、大事なことを……思い出しそうな……』
「だ、大丈夫?」
『う、うん。それより、あの女に集中しないと』
俺は改めてリディアに向き直る。
「俺は魔剣の意味なんてわからない。けど、カスミが居てくれればそれでいいんだ。俺は、カスミと一緒に強くなる」
「それが叶えばいいわね。魔剣は、この世界を終わらせる力。私達が、そのすべてを手に入れる」
そう言いながら、リディアは両手を合わせる。
魔剣はひとりでに浮き、リディアの前に止まる。
「面白い子だと思ったから捕えようと思ったけど、辞めたわ。やっぱりここで溶かし切る。貴方を殺してその魔剣、貰うわよ」
『ホロウ、来るよ!』
「あぁ……次の大技で勝負する気だ……!」
「さあ、終わりにしましょう……!」
リディアの周りに散っていた影が、魔剣に集まっていく。
それは、まるで刀身を伸ばすように天高く伸びていく。触手のように広がり、それぞれが意思を持つかのようにうねうねと動く。
その先に触れた壁や天井は、ジュウウウ! という激しい音を立て、急速に溶けていく。
今までの比ではない腐食の威力。当たるだけで、恐らく即死。
「綺麗さっぱり溶かしてあげる」
瞬間、リディアは微笑みながら刀を振り下ろす。
「くるぞ!!」
『やっちゃえホロウ!』
その影は、物凄い勢いで周囲を溶かし、俺目掛けて襲い掛かる。
目の前には暗い影が落ち、天井すらもうほとんど見えない。
広範囲に及ぶ影の圧、加えてそれぞれの触手が別の軌道を取り鞭のように襲い掛かかる。
不可避の攻撃だ。だが。
「避けれないなら」
『壊せばいい!』
俺は無我夢中で刀を振り、襲い掛かる影をひたすらに切り続ける。
「うおおおおおお!!!!」
連続する破壊音。目の前を覆っていた影は次々と刀に触れた瞬間にガラスを割ったように砕け散る。
そして、最後に一気に刀を振り上げ影を切り裂いた時、古びた天井が視界に現われる。
「……呆れた、魔術なら見境ないって訳。とんだプレイボーイね」
リディアは僅かに歪んだ顔で静かに笑う。
『今!』
その隙を逃さず、一気に距離を詰める。
迫る俺を察して、リディアも魔剣を構え直す。
「まだよ……まだ。私は魔王教団幹部、リディア。魔剣は必ず頂くわ……!」
リディアは狂気に満ちた顔で、俺の振り下ろす刀を弾く。
そして、一転一気に攻めの姿勢を取る。
「私にその内側を見せて頂戴!」
激しい攻めの連続。
しかし、俺はそれを軽々といなす。
「あははは!! どうしたのかしら! 守ってばかりじゃ勝てないわよ!」
リディアが腐食の影を使った攻撃をしてくる気配はなかった。
ただ純粋な剣技。
俺にさっきの技を壊され、もう余力が残っていないのだろう。
だが、純粋な剣技は一番俺が得意とするところだ。魔剣に、魔術に頼ってきた人間に負ける訳がない。負ける訳にはいかない……!
「はあああ!!」
「!?」
振り下ろされた刀を、一気に力で押し返す。
リディアの身体は後ろへ仰け反り、一気にバランスを崩す。
「くっ……!」
その隙を逃さず、一気に畳みかける。
魔剣が交差し、ギチギチと音が響く。
リディアの顔は相変わらず不気味な笑みを浮かべているが、額から垂れる汗がその焦燥感を現していた。
「腐食の……リディア……!」
こいつは、リーズたちの仇だ。
あの影に飲まれ、そして溶けて行ってしまった。もう、生きてはいない。
こいつさえいなければ、きっと今頃ジェネラルオークの討伐を祝って、いつもの酒場で祝勝会が開かれていたはずだ。
そしていつも通りリーズは調子に乗って自分がいかに優れていたかを語り、それにシアがそんな訳ないでしょまったくと呆れ顔でツッコミ、そしてオッズがまあまあとリーズの成果をフォローするんだ。
そして、俺なんかを凄い奴だと認めてくれて、その剣の凄さをみんなして自分のことの様に語ってくれて……俺は照れちゃって黙るんだけど、代わりにカスミが自分のことの様に胸を張るんだ。
そんな平和な、いつものようなクエストの後のお疲れ様が待っているはずだった。
なのに、こいつにすべて壊された。
「お前の……お前のせいで!!!」
『ホ、ホロウ落ち着いて! 別に捕らえるだけでも――』
もう終わりだという感覚が、誤魔化していた怒りを表面に引きずり出す。
力のこもった刃が、魔剣ごとリディアを地面に引き倒す。
「ッ!」
魔剣はリディアの手を離れ、遠くへと転がっていく。
俺はそのまま、刀をリディアの顔の横へと差し向ける。
完璧に勝負は決した。それを理解したリディアは、ふふふと笑う。
「ふふ……いい顔ね。その顔、悪くないわ。私が見て着た顔とは違うけれど……その憎悪に焼かれた瞳。私が溶かされてしまいそう」
「黙れ……お前は、許すわけにはいかない!」
「そうでしょうね」
リディアは短くため息をつく。
その顔に焦りや緊張はない。すべてを受け入れている顔だ。
「――殺しなさい。覚悟は出来ているわ。むしろ、最後の楽しみだったの。今まで溶けていくみんなのことが羨ましくて。やっと私の番なのね。お願い、一思いにやるのもいいけれど、じっくりお腹の辺りから……」
そう言って、リディアは自分の腹の辺りを擦る。
「狂ってるよ、お前……」
「お互い様よ、魔断の剣士」
これで、リーズのたちの仇を打てるんだ。
それに、これから出てしまうはずだった犠牲者も出なくなる。
俺は、刀を静かに掲げる。
このまま振り下ろせば、やれる。
「…………」
しかし、その一太刀が振れない。
俺が、殺す? この人を?
想像しただけで、急激な喉の渇きが訪れる。
動悸が激しい。
「どうしたの、やらないのかしら」
「う、うるさい! 今お前を……!」
『ホロウ……!』
やるんだ、リーズたちのために!!
「う、うわああああああ!!!」
そして、目を瞑り一思いに刀を振り下ろす。
――カキン!!!
響いたのは、乾いた音。
「――ッ!?」
その刀は、リディアの横の地面へと振り落されていた。
そしてリディアは、その表情を百八十度変える。その顔に、笑いはもうない。
「つまらない男。覚悟もないのに剣を握るなんて、下らないわ」
「お、俺は――」
「じゃあまたね」
瞬間、リディアの背後、横たわる地面から影が一気にあふれ出す。
「まだ力が!?」
『逃げられるわ!』
「バイバイ、臆病者のホロウ。次会ったら殺すわ、今度は全力で」
「ま、まて! おい!」
しかし、リディアはそのまま影に包まれると、何もなかったかのように消え去った。
ホロウは一人残されたその部屋で、ただただ唖然と佇む。
何もできなかった。残されたのは自分の身体のみ。
リーズたちの遺体もない。
ただ、仲間を殺されて逃げられただけだ。
この場には、何も残っていなかった。
リディアは今回ばかりはさすがに驚いたのか、その張り付いたような美人の顔に、興奮以外の感情が見える。
「それが魔剣ではなくあなたの力……ふふ、ふふふ。危険すぎる力だわ。私達の目的にとって、大きな障害となり得る」
私達……つまり、さっき零した魔王教団だ。
『そうみたいね。そして、その目的は恐らく魔剣集め』
だけど、魔剣なんて集めて何を……ただのコレクターじゃないでしょ、この攻撃性は。
「貴方、魔剣の真の意味を知っている?」
突然の質問に、俺は眉をひそめる。
魔剣の意味とはなんだろうか。
「わかるか?」
『さあ……私の意味……私――』
瞬間、ザザッ! と何かが脳を駆け抜ける。
「!」
それは、カスミから伝わるイメージ。
カスミの頭の中のノイズ。
『な、なんだろう……何か、大事なことを……思い出しそうな……』
「だ、大丈夫?」
『う、うん。それより、あの女に集中しないと』
俺は改めてリディアに向き直る。
「俺は魔剣の意味なんてわからない。けど、カスミが居てくれればそれでいいんだ。俺は、カスミと一緒に強くなる」
「それが叶えばいいわね。魔剣は、この世界を終わらせる力。私達が、そのすべてを手に入れる」
そう言いながら、リディアは両手を合わせる。
魔剣はひとりでに浮き、リディアの前に止まる。
「面白い子だと思ったから捕えようと思ったけど、辞めたわ。やっぱりここで溶かし切る。貴方を殺してその魔剣、貰うわよ」
『ホロウ、来るよ!』
「あぁ……次の大技で勝負する気だ……!」
「さあ、終わりにしましょう……!」
リディアの周りに散っていた影が、魔剣に集まっていく。
それは、まるで刀身を伸ばすように天高く伸びていく。触手のように広がり、それぞれが意思を持つかのようにうねうねと動く。
その先に触れた壁や天井は、ジュウウウ! という激しい音を立て、急速に溶けていく。
今までの比ではない腐食の威力。当たるだけで、恐らく即死。
「綺麗さっぱり溶かしてあげる」
瞬間、リディアは微笑みながら刀を振り下ろす。
「くるぞ!!」
『やっちゃえホロウ!』
その影は、物凄い勢いで周囲を溶かし、俺目掛けて襲い掛かる。
目の前には暗い影が落ち、天井すらもうほとんど見えない。
広範囲に及ぶ影の圧、加えてそれぞれの触手が別の軌道を取り鞭のように襲い掛かかる。
不可避の攻撃だ。だが。
「避けれないなら」
『壊せばいい!』
俺は無我夢中で刀を振り、襲い掛かる影をひたすらに切り続ける。
「うおおおおおお!!!!」
連続する破壊音。目の前を覆っていた影は次々と刀に触れた瞬間にガラスを割ったように砕け散る。
そして、最後に一気に刀を振り上げ影を切り裂いた時、古びた天井が視界に現われる。
「……呆れた、魔術なら見境ないって訳。とんだプレイボーイね」
リディアは僅かに歪んだ顔で静かに笑う。
『今!』
その隙を逃さず、一気に距離を詰める。
迫る俺を察して、リディアも魔剣を構え直す。
「まだよ……まだ。私は魔王教団幹部、リディア。魔剣は必ず頂くわ……!」
リディアは狂気に満ちた顔で、俺の振り下ろす刀を弾く。
そして、一転一気に攻めの姿勢を取る。
「私にその内側を見せて頂戴!」
激しい攻めの連続。
しかし、俺はそれを軽々といなす。
「あははは!! どうしたのかしら! 守ってばかりじゃ勝てないわよ!」
リディアが腐食の影を使った攻撃をしてくる気配はなかった。
ただ純粋な剣技。
俺にさっきの技を壊され、もう余力が残っていないのだろう。
だが、純粋な剣技は一番俺が得意とするところだ。魔剣に、魔術に頼ってきた人間に負ける訳がない。負ける訳にはいかない……!
「はあああ!!」
「!?」
振り下ろされた刀を、一気に力で押し返す。
リディアの身体は後ろへ仰け反り、一気にバランスを崩す。
「くっ……!」
その隙を逃さず、一気に畳みかける。
魔剣が交差し、ギチギチと音が響く。
リディアの顔は相変わらず不気味な笑みを浮かべているが、額から垂れる汗がその焦燥感を現していた。
「腐食の……リディア……!」
こいつは、リーズたちの仇だ。
あの影に飲まれ、そして溶けて行ってしまった。もう、生きてはいない。
こいつさえいなければ、きっと今頃ジェネラルオークの討伐を祝って、いつもの酒場で祝勝会が開かれていたはずだ。
そしていつも通りリーズは調子に乗って自分がいかに優れていたかを語り、それにシアがそんな訳ないでしょまったくと呆れ顔でツッコミ、そしてオッズがまあまあとリーズの成果をフォローするんだ。
そして、俺なんかを凄い奴だと認めてくれて、その剣の凄さをみんなして自分のことの様に語ってくれて……俺は照れちゃって黙るんだけど、代わりにカスミが自分のことの様に胸を張るんだ。
そんな平和な、いつものようなクエストの後のお疲れ様が待っているはずだった。
なのに、こいつにすべて壊された。
「お前の……お前のせいで!!!」
『ホ、ホロウ落ち着いて! 別に捕らえるだけでも――』
もう終わりだという感覚が、誤魔化していた怒りを表面に引きずり出す。
力のこもった刃が、魔剣ごとリディアを地面に引き倒す。
「ッ!」
魔剣はリディアの手を離れ、遠くへと転がっていく。
俺はそのまま、刀をリディアの顔の横へと差し向ける。
完璧に勝負は決した。それを理解したリディアは、ふふふと笑う。
「ふふ……いい顔ね。その顔、悪くないわ。私が見て着た顔とは違うけれど……その憎悪に焼かれた瞳。私が溶かされてしまいそう」
「黙れ……お前は、許すわけにはいかない!」
「そうでしょうね」
リディアは短くため息をつく。
その顔に焦りや緊張はない。すべてを受け入れている顔だ。
「――殺しなさい。覚悟は出来ているわ。むしろ、最後の楽しみだったの。今まで溶けていくみんなのことが羨ましくて。やっと私の番なのね。お願い、一思いにやるのもいいけれど、じっくりお腹の辺りから……」
そう言って、リディアは自分の腹の辺りを擦る。
「狂ってるよ、お前……」
「お互い様よ、魔断の剣士」
これで、リーズのたちの仇を打てるんだ。
それに、これから出てしまうはずだった犠牲者も出なくなる。
俺は、刀を静かに掲げる。
このまま振り下ろせば、やれる。
「…………」
しかし、その一太刀が振れない。
俺が、殺す? この人を?
想像しただけで、急激な喉の渇きが訪れる。
動悸が激しい。
「どうしたの、やらないのかしら」
「う、うるさい! 今お前を……!」
『ホロウ……!』
やるんだ、リーズたちのために!!
「う、うわああああああ!!!」
そして、目を瞑り一思いに刀を振り下ろす。
――カキン!!!
響いたのは、乾いた音。
「――ッ!?」
その刀は、リディアの横の地面へと振り落されていた。
そしてリディアは、その表情を百八十度変える。その顔に、笑いはもうない。
「つまらない男。覚悟もないのに剣を握るなんて、下らないわ」
「お、俺は――」
「じゃあまたね」
瞬間、リディアの背後、横たわる地面から影が一気にあふれ出す。
「まだ力が!?」
『逃げられるわ!』
「バイバイ、臆病者のホロウ。次会ったら殺すわ、今度は全力で」
「ま、まて! おい!」
しかし、リディアはそのまま影に包まれると、何もなかったかのように消え去った。
ホロウは一人残されたその部屋で、ただただ唖然と佇む。
何もできなかった。残されたのは自分の身体のみ。
リーズたちの遺体もない。
ただ、仲間を殺されて逃げられただけだ。
この場には、何も残っていなかった。