「ふふ、楽しくなってきたわ。あなたもどろどろに溶かしてあげる……!」

 リディアは恍惚とした表情を浮かべる。

『ホロウ、多分彼女はカレンが言っていた、"腐食"の切り裂き魔……! 溶かされちゃうから気を付けて!』
「うん!」

 地面の黒い影に気を付けなきゃいけない。
 あれは、人を簡単に溶かしきる。

 思い出される、みんなが溶けていく映像。
 何としても、ここでリディアを止めないといけない。今まで彼女の犠牲になった剣士は少なくない。それが俺を狙ったことにより発生したのなら、俺には止める責任がある。

 俺はカスミを握り直し、キッとリディアを見据える。

「おいで。ドロドロに溶かしてあげる」

 リディアはこちらを挑発するように、口端を上げる。

「――行くぞ!!」

 俺は、リディアへ向かって走り出す。

 もう迷う必要はない。リーズ達の分も、この人を倒して生きて帰る。
 うだうだ考えるのは後だ。今はただ、この想いを地上に持ち帰る……!

 地面をグッと蹴り、一気に跳躍する。

 地面に広がったあの黒い影、あれに触れたら一気に溶かされてしまう。
 ならば、上から斬り伏せる!

「はあああ!」
「馬鹿正直に突っ込んでくるのね。その勇気は嫌いじゃないけれど……魔術師同士の戦いでは愚策よ」

 確かに愚策。
 魔術師同士の戦いなら、まずは距離を取るのは鉄則だ。それは魔剣士同士の戦いでも同じ。魔術という飛び道具があるある以上、迂闊に相手の間合いに入ることは死を意味する。

 けど、俺は別だ。

 今回の相手は魔物ではなく人間……つまり魔術師だ。
 魔術が相手なら、俺は負けない。

 何か魔術で溶かすような仕草を見せてくれば、刀で破壊する!

 正面からの攻撃は格好の的だが、俺なら、合わせてきた魔術を破壊して虚を突ける。

 案の定、リディアは刀を逆さまに持ち、かざす。
 ここだ、この魔術を破壊して――。

 すると、それを見透かしたかのようにリディアが笑う。

「確か魔断の剣士……なんていう話があったわね」
「!」

 しまった……!

「魔術を斬る……だったかしら。俄かには信じがたいけれど、用心するに越したことはないわね」
『ホロウ、警戒されてるわ!』

 まずい……!

 すると、次の瞬間。
 薄く地面に広がっていた黒い影が一瞬にして収縮し、リディアの持つ刀へと戻って行くと、刀身を渦の様に覆う。

 その様は、まるで漆黒の刀だ。

「溶けるのは初めて? きっと癖になるわよ。まあ、人生で一度しか経験できないけれど」

 そう言いながら、リディアは刀を振るう。

 黒い影は無数の細い線状になると、放射状に広がり、俺の背後を取るように回り込む。

『あの影、飛ばせるの!? 反則!』
「背中ががら空きよ。その魔断って、背後にも有効なのかしら」
「くっ……!!」

 この態勢からじゃ後ろの攻撃には対応できない……!

 そして、正面ではリディアが刀をゆったりと構えている。

 背後には腐食、正面には刀……。前後からの挟撃!

「さて、斬り殺されるのと溶けて死ぬの、どっちがお好みかしら」
「どっちも……」

 活路は、前にしかない。
 俺は空中で何とか身体を全力で捻る。キリキリと身体が軋む。

「――お断りだ!」

 俺は捻った身体を解放すると、回転の勢いを加えリディアの刀に、自分の刀を思い切り叩き付ける。

 キン!!
 
 と、刀の交じり合う金属音が鳴り響く。

「ぐっ!? 子供のくせに何て規格外の力……」

 リディアは顔をゆがめる。

「けど、背後ががら空きよ」
「わか……ってるよっ!!」

 俺はそのリディアの刀を押し返す力を利用し、身体を()()()させる。

「!?」
「はあああああああ!!」

 その勢いで、横一閃。
 背後から迫っていた黒い影を、一刀両断する。

 まるでガラスが割れるように、その影は粉々になって砕け散る。

 その勢いのまま俺はゴロゴロと地面に転がり、受け身を取りすぐさま立ち上がる。

「はあ、はあ、はあ……」
「……へえ」
「あ、危なかった……」
『さ、さすがにヒヤッとしたわね』
「一体どういう身体能力してるのかしら。とんでもないわね」

 リディアはパンパンと身体に被った埃を払う。

「ただの噂だと思っていたけれど、まさか本当に」

 リディアは溶けるような目で、じっと俺を見る。
 その目は、今まで向けられたことのない目だった。

 リディアは舌で唇をペロリと舐め、はぁぁっと吐息を吐く。

「魔術破壊……魔断の剣士。いいわあ。どういう原理なのかしら。魔剣は魔術を扱うもの。である以上、魔術を魔術として存在させないその能力は妖刀カスミではなくあなた自身の力。興味深いわね」

 魔剣は魔術を扱う武器。確かにそうだ。
 じゃあ、カスミの力は何なのだろうか? 

 今までカスミから魔術のような能力を放ったことは一度もなかった。それはもしかして俺が――。

「貴方に興味が湧いてきたわ」

 リディアは地面に刀を突きたてる。

「……俺はあなたに興味はない」
「つれないわね」

 リディアは肩を竦める。

「ええ、そうね、そうでしょう。けれど、貴方を殺すのは辞めたわ。捕えて、刻んで、溶かして……貴方のその力を調べさせてもらおうかしら」
「させないよ。その前に、俺はあなたを倒す……!」
「いいわ、戦いましょう。どちらの方が強い魔剣使いか。ここで決めましょう」